前回に続き、生成AIを活用した深い学びの実現に向けて、事例を交えながら考えていきたいと思います。生成AIは日々進化しており、事実とは異なる返答をしてしまうハルシネーションも局所的になりつつあります。そうなると、生徒たちはますます生成AIを頼って、思考せず答えだけをもらう「目標到達型・教授中心型」の活用が蔓延しかねません。今回は、「目標創出型・学習者中心型」につながっている生徒たちの深い学びの実現と合わせて生成AI活用能力を高めている中学校の実践を紹介し、考察したいと思います。
ICT活用ありきではない授業実践の取り組み
相模原市立中野中学校では、文部科学省より生成AIパイロット校の指定を受け、2023年11月より生成AIを活用した授業実践や校務支援に取り組んでいます。取り組みから1年半ほど、生徒も教師も、深い学びにつながっていくような取り組み事例が積み重ねられています。
生成AI活用の様子を参観すると、生徒らは一人で端末に向き合って、黙々と入力して出力を眺めているのではなく、小グループで出力結果について話し合いながら深めていく学びが展開されています。一人一台情報端末の画面と、仲間の様子の双方に目を向けながら、活発な議論が行われているのです。
中野中学校区には、2つの小学校があります。この3小中学校では、9年間一貫した形で子供たちの資質・能力を育成するために、友達との関係性の中で学びを深めていくような聞き方・話し方の実現を大事にした「学びのスタンダード」を設定し、その育成目標のもと授業実践が行われています。そして、一人一台情報端末や生成AIを活用した授業においても、相手の考えを聞いたり自分の考えを話したりする活動を通して自分が持っている考えを広げたり深めたりすることを目指すことが大前提となっているのです。
「置き換え」ではなく「補完」
生成AIの活用を安易に捉えてしまうと、生成AIの活用は、話し合う相手を人間ではなく生成AIにして個別最適する「生徒同士の話し合い活動の置き換え」や、調べ学習を生成AIに行わせて答えへの到達が早くなる「Webサイト検索の置き換え」になってしまうのではないでしょうか。そのような既存の学習活動の「置き換えモデル」で考えてしまうと、生徒の活動も直接、本時に設定された「課題の答え」を聞くことが多く、結局は生成AIの回答内容を書き写して覚えて満足してしまうことになりかねません。
生成AIは、人間の使う「ことば」を扱っています。ただし生成AIは人間と異なり「ことば」の意味は知りません。そのような違いがある中、「置き換え」ではなく新しい学習パートナーとして「補完」するような位置づけが大事になるでしょう。
同校では「置き換え」ではなく「補完」とするために、授業中、生成AIに対して自由にプロンプトさせるところからはスタートしません。そうではなく、生成AIを活用することで、生徒に多様な視点や考え方を持たせて、自身が考えていたことが広がり深まるよう、教師があらかじめ生徒たちに使って欲しいプロンプトを準備します。例えば、生成AIにアドバイザーの役割を与え、最低5回は生徒に対して質問し、考えを深め回答させることを求めるようなプロンプトが準備されます。プロンプトの作成には、第28回で紹介したようなプロンプトの作り込みの特徴が見られました。そして、大きく分けて以下2タイプの「補完」的活用が見られました。
1 生徒と異なる視点で対話に参加する「別視点提供の学習パートナーとしての生成AI」
2 固定的な情報提供教材から脱却した「双方向性のある生成型教材としての生成AI」
これらの活用によって、これまで実践してきた授業づくりの延長上でありながら、生徒は、生成AI(最近先生や生徒から「チャッピー」と呼ばれている)との対話によってクラスメイトとも異なる視点を取り込み学びを深めたり、生成AIに自分の考えを入力したり質問に回答したりすることで、教材代わりとして学習内容を深く読み取り、それをベースにクラスメイトと対話するような活動となっていました。
長距離走授業におけるダブルバディシステムでの実践
同校の梅野総括教諭は、生成AIの活用可能性を高めるため、日々様々なプロンプトを作成して授業に取り組んでいます。中学校3年生の長距離走では、人間のバディと生成AIのバディ、それぞれの特性を生かした協働的な学びを組み合わせて、個別最適な学びの実践を行いました。
授業では1500mを自分に適したペースを維持して走ることを目標にしています。しかし8割の生徒に苦手意識があり、いかにモチベーションを高め、かつ、授業の目標達成へと導くかが課題だったそうです。そのような中、一人で走るのではなく、声掛けやアドバイスによって仲間と支え合い、協力して目標に向かうために、仲間(ヒューマンバディ)だけではなくAIバディも加えた「ダブルバディシステム」の着想を得たそうです。
梅野総括教諭はこのダブルバディシステムの強みを次のように整理しています。
『ヒューマンバディは,共感的理解に基づき,走者の表情や雰囲気から心理状態を察し,精神的な支えとなる声かけを行うことで,安心感や意欲を引き出す。一方,AIバディは,蓄積された記録データを客観的に分析し,具体的な改善点や個別最適化されたアドバイスを迅速に提供する。例えば,ヒューマンバディが「体調が良さそうだからラストスパートできる」と感覚的に判断するのに対し,AIバディは過去のデータから「後半失速傾向があるため,序盤は抑え気味に」とデータに基づいた提案を行うなど,異なる視点を提供する。』
それぞれの強みを生かしつつ、学び手は異なる視点を得ながら、仲間と協力して自分に適した一定ペースでの走行に取り組むことができたとのことです。
生成AIの教育利用はまだはじまったばかりですが、「目標創出型・学習者中心型」の実現を目指して、着実に成果が表れてきています。