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2018.7.27

[change2020 第1回]総合的な学習から探究・ALへ 世界の課題に挑む子供たちを育てるために(関西大学 黒上晴夫教授)

黒上晴夫
関西大学総合情報学部教授

専門は教育工学。子どもたちが自由に学べる学習空間の創造を目標に研究に取り組む。今、学校でおこっている「学び」、総合的学習やインターネットなどを通した「学び」、これらの「学び」を保障するシステム、などが興味の中心。

著書に『シンキングツール〜考えることを教えたい〜』NPO法人学習創造フォーラム(2012 共著)、『大学生の学びを育む学習環境のデザイン―新しいパラダイムが拓くアクティブ・ラーニングへの挑戦』関西大学出版部(2014 共著),『子どもの思考が見える21のルーチン: アクティブな学びをつくる』北大路書房(2015 共訳)など多数。

 

2020年度からスタートする次期学習指導要領。日本の教育を大きく変えるターニングポイントと目されています。このコーナーでは、次期学習指導要領に詳しい識者の方から、そのポイントをお聞きします。第1回は、中教審の一員として改訂に携わった関西大学・黒上晴夫教授。総合的な学習から探究的な学びの拡充にいたった経緯などをお聞きしました。

 

PISAも評価した総合的な学習

近年、PISA国際学力調査での日本の順位が上がっています。

この調査は、子どもたちの現時点での知識量を問うものではなく、将来社会に出た時の生きる力を予測するものです。必要となる文脈から情報を読み取り、必要とされていることを自分で考えて答えるタイプの問題が出題されます。このようなタイプの問題は、現行の学習指導要領では想定されていないものです。

前々回の改訂から始まった総合的な学習に取り組んだ世代から成績が上がっています。総合的な学習が目指しているのは、自分たちが直面している色々な問題に自分たちで情報を集めて解決を提案していく、という授業のあり方です。PISAも、中教審でも、この効果に対する評価は高く、今後の改訂でより一層拡充していくべきです。

総合については導入当初「ゆとり教育」だとして批判する声が聞かれました。これにはそもそもの誤解があって、時間的な「ゆとり」で生徒をスポイルしようというのでは当然なく、その浮いた時間を使って、情報の収集や分析、思考、議論をするような授業を取り入れよう、というのが本来の趣旨でした。今では、教育現場では「東大合格率が落ちたから総合的な学習で学力を高めよう」という学校が見られるようになりました。PISAの結果に現れているように、自分で考えるというのは効果的な学習方法なのです。

 

「考える」を教えるための思考スキル

総合への当初からの批判としては「教師個人の力量で差が出る」というものもありました。優れた教育方法が存在しているのに、できない先生がいるからやめようというのはおかしな意見です。今回の改訂では、すべての教師に一定水準の指導力を持ってもらうため「思考スキル」という概念を取り入れました。

単に「考えなさい」「発表しなさい」と生徒に指示してもできるわけではありません。そこで「思考スキル」の考え方を使えば、例えば、集めてきた情報は比較しよう。比較の手順はこうだよ。比較してわかったことは伝えよう。二つのものを比べた時、同じところ、違うところを見つけて、そこから自分なりの意見を作っていこう、というように、「考える」をより具体的な「比較する」「関連づける」「分類する」などに落とし込むことができます。そうすることで、教師も生徒も具体的に何をすれば良いかがわかるようになるのです。

課題によって、集めてきた情報から大事なところを抜き出してレポートするのが良いのか、集めてきた情報をある視点で比較したり分類したりして分析する方が良いのか、生徒自身が判断できるようになるでしょう。このような「考えを作り出す力」は、激変するこれからの世界で大いに役に立つ力となります。

 

総合から探究へ

総合的な学習の原理とは、学習者自身が主役となり、覚えるのではなく探究する点にあります。自分で集めた情報を自分で分析し、提案し、ディスカッションし、よりレベルの高い課題へと更新することを、私たちは「総合スパイラル」と呼んでいます。このスパイラルを自分で回すことが探究なのです。小学生ではまだ自分で回せません。中学生でも難しいかもしれませんが、高校生だと自分で回せます。そこで、高校では「総合的な探究の時間」と名称を改め、自分の生き方、あり方、将来に向かって課題を作って問題解決していく探究に取り組みます。

探究の考え方は、古典探究、日本史探究、世界史探究、地理探究、理数探究などに取り入れられます。学習のイメージとしては、公式を覚えることよりも、公式を実際に使う場面に当てはめて、活用することを通して学習していくスタイルです。そうすることで、なぜ学習するのかの意味もわかり、定着度も違います。これらは、カリキュラム的にも大きな変化となります。

 

大学入試が変わることのインパクト

新しい入試方式も決して知識が不要だとはしていません。その場で新しい知識を使って解く問題などが出題されますが、前提となる基礎知識は必要です。しかも教科をまたぐような知識が求められます。

ただし、単に知っているものを書き出すとか、知っているものを選ぶだけの問題の比率が下がります。選択問題であっても、他の枝問の解答との組み合わせで、正解が異なるような問題も考えています。

大学入試が変わると高校の授業も変わります。すると高校入試も変わるはずです。今春、ある県の公立高校の社会科の入試では、ほとんどが記述式の問題でした。この変化は、もう将来の話ではなく、いまの受験生の話なのです。

 

新しい学びに保護者も理解を

「とにかく覚えなさい」という学習は無駄になっていきます。なかなか時間がないかもしれませんが、家庭で現代的な諸課題について議論したり、しっかりと考えたアイデアや意見にきちんと反応をすることが子供の学習に良い影響となるでしょう。

塾や問題集を選ぶ時にも、解き方のパターンを覚えるだけのものは今後逆効果になるかもしれません。解き方について考えるような授業や問題集が理想です。

良くないのは「いまこれができてほしい」という親の気分で子供の学習ペースを振り回すことです。探究的な学習は弾みがつくまで時間がかかりますが、うまく弾みがつけばすごく伸びるはずです。一時的な点数ではなく、何について説明できるようになっているかが学力の証です。長い将来を考えた時、これから始まる新しい学びは圧倒的に役に立つ、というイメージを持ってください。

 

教師を志した当初の思いを生かせる指導要領

アクティブ・ラーニング(AL)は、単にグループワークでワイワイやったら良いわけではありません。自分の考えを持って(主体的)、他者や先哲に問いかけながら(対話的)、深く学ぶのがALの要諦です。

ALをすると知識を教える時間がなくなる、と言う教師もいますが、扱う知識量を減らさずともALはできます。調べないと解けない課題や宿題を出して、生徒自身に知識を学ばせれば良いのです。今はそのための便利なツールがいくらでもあります。

生徒に「なんのために勉強するのか」と問われて「いい大学に行くため」と答えるようでは教師として失格です。これからの時代、世界中で問題が噴出します。その解決のため、若い人たちには今の私たちよりも有能になってもらわなければならない。そういう意味では、教師にとっていい時代になりました。今回の改訂の方向性は、先生方が最初に教師を志した時の思いを生かせるような指導要領になっていると思います。

 

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