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2018.11.23

[change2020 第2回]思考力・判断力・表現力をどう測る?(静岡県立袋井高等学校 鈴木秀幸 教諭)

鈴木秀幸
静岡県立袋井高等学校 教諭
教育評価およびイギリスの入試制度に詳しい。教育現場からの現実的な改革提言は、我が国の入試と評価の設計に大きく貢献している。
著書に『スタンダード準拠評価ー「思考力・判断力」の発達に基づく評価基準』図書文化、『観点別学習状況の評価規準と判定基準』図書文化(共著)など。

 

2020年度からスタートする次期学習指導要領。日本の教育を大きく変えるターニングポイントと目されています。このコーナーでは、次期学習指導要領に詳しい識者の方から、そのポイントをお聞きします。今回は、中教審の一員として改訂に携わった静岡県立袋井高校・鈴木秀幸先生。新しい学びの成否を握る「評価」についてお聞きしました。

 

思考力・判断力・表現力をどう測る?

OECDを中心に、世界の学力評価は「知っている・知らない」「できる・できない」という二分法を脱して、コンピテンシー(実践力)を測る方向へと転換しています。コンピテンシーは、実技科目などを除き、今まで学校や入学試験で測ってこなかった能力です。次期学習指導要領では「思考力・判断力・表現力」を重視する教育へと大きく変化するわけですが、これも従来の評価方法とは馴染まない能力です。

これまでも時代の変化に合わせるために評価方法も変化を重ねてきました。上位○番目までを5とする相対評価から、あるテストで○点以上なら5とする絶対評価への移行は記憶に新しいかもしれません。その次の段階として、数値化されない能力を測る評価方法の導入が図られてきましたが、数値化の最たるものである大学入試という壁が立ちはだかっていました。

特にセンター試験が長らく従来型の評価方法から変わらなかったため、小・中・高の教育現場でいくら新しい評価方法を取り入れても、結局はセンター試験で何点取れるのか、が生徒にとって最も重要な評価になってしまう現実がありました。しかしながら、今回は、大学入試とも連動した改革であり、実効的な改革を期して議論を進めています。

 

従来型の評価のデメリット

所々で「なぜ、これまでの入試方法ではいけないのか?」という声も聞かれます。日本の教育界には、心理測定(IQテスト)の流れを汲む評価方法こそ正確な測定方法であり「科学的だ」との考え方が根強く残っています。現在の保護者の方が受けてきた、記憶した知識を答案用紙に書き出すという方法が「科学的」測定の典型です。

もちろん、単純な知識の量を測る場合には、この評価方法が適しています。しかしながら近年、従来「科学的」とされてきた評価方法に多くのデメリットがあることがわかっています。

センター試験のような選択式の問題では、深く学んだ受験生と、表面的にだけ学んだ受験生の差がつきにくく、逆に浅くしか学ばなかった受験生の方が高い得点を取るという現象が起きます。これは、詳しく学べば学ぶほど「引っ掛け」の選択肢が正解のように見えるためです。

また、現在の入学試験では、2、3点などの僅差で合否が分かれることが珍しくありません。この程度の差では、合格した受験生と不合格の受験生の学力に明らかに差があったとは到底言えません。測定誤差のような違いが、受験生のその後の人生に大きく影響する、という理不尽なことが起きていました。

私が評価について研究するようになったのは、このような大学入試に対する疑問がきっかけでした。対案となるような評価方法を求めて、色々と調べた結果、イギリスの入試制度に辿り着きました。

 

日本でだけできないと言うのはおかしい

イギリスでは100点満点の何点というような細かい点数のつけ方ではなく、大学の成績のような段階表示で入試を行なっています。これは、イギリスの試験がたくさんの文章を書かせる方式だからです。文章というのは「85点の文章」「60点の文章」というような評価は難しく、例えば「説得力がある」とか「論理構成が良い」というような評価が向いています。そのため、成績は5段階などの段階表示になります。

段階表示なので、同じ成績に多くの受験生が並びます。その中から、どの受験生を合格にするのか、各大学が面接をしたり、高校での活動を考慮したりして決めていきます。このような入試制度を採用しているため、ケンブリッジ大学卒だから優秀というような学校歴へのこだわりが少なく、たとえ無名の大学卒であっても成績が優秀ならケンブリッジ大学卒の成績優秀な学生と同等に遇される社会になっています。

一定以上の人口規模を持つ先進国イギリスで実際にできている入試制度が、日本でだけできない理由はありません。記述答案の採点を嫌って改革から逃げていては、世界の教育改革の流れから取り残されてしまうでしょう。

 

自分で自分を評価できるメタ認知力を

新しい評価方法について「客観的ではない」という不安の声もあるかと思います。客観性については、評価の基準を前もって示して、基準に該当する事例も同時に示すことで確保できます。例えば「説得力のある文章」の具体例はこういう文章だ、というように。これは教師にだけではなく、生徒にも一般の方にも見えるようにします。

このように基準と事例を組み合わせて示すことで、教師の主観によって左右されにくい評価制度を作ることができます。国全体での統一的な基準のことを「スタンダード」と呼びます。段階的な評価方法の一つである「ルーブリック」の全国統一版だと考えるとわかりやすいでしょう。

基準をあらかじめ示すことには客観性以外のメリットもあります。生徒自身が、自分はどの程度の能力を身につけたいのかを考えて学習に取り組むことができ、その勉強の結果、自分の能力はどこまで伸びたのか、を自分で把握できる、という点です。順位のような周りとの比較と違って、自分自身の能力の伸びには努力が反映されやすく、学習のモチベーションを高めます。

自分で自分の学習を評価する、というのは、次期学習指導要領で新たに取り入れられる観点の一つ「メタ認知」の能力でもあります。自らの学習や取り組みを「これでいいのか」と自問しながら進めることは、これからの社会で必ず必要になる力です。これまでの学校教育は、生徒を受け身にさせすぎていました。自分で自分を評価する視点を持って、必要だと思うものを自ら学ぶ姿勢を身につけてほしいと思います。

 

選抜のための教育から脱却

日本は深刻な少子化に直面しています。子供たち一人ひとりが貴重な人材である時代に、誤差にすぎない1点の差を競わせている場合ではありません。他の生徒の点数が下がったら自分の成績が上がる、というようなゼロ・サムゲームはもうやめにした方がよいでしょう。

これからは、1点の差や相対的な順位に一喜一憂するのではなく、一人でも多くの生徒をより高いレベルに育てることが重要です。誰が東大に合格したか、ではなく、東大レベルの生徒をたくさん育てることーーつまり、選抜よりも育成することが教育の本来の姿なのです。評価方法の改革はそんな教育の実現を考えてのこと。我が国の学習のあり方の大きな転換点を評価の側面から支えていきたいと考えています。

 

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