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ミライノマナビコラム  ― 授業が変わる 学校が変わる

2025.2.14

第28回 生成AIを活用した深い学びの実現に向けて(1)

益川 弘如

益川 弘如

博士(認知科学)
青山学院大学 教育人間科学部 教育学科 教授
認知科学者。学習科学、教育工学、協調学習が専門。
著書に、「学びのデザイン:学習科学 (教育工学選書II)」(編著)、「21世紀型スキル: 学びと評価の新たなかたち」(翻訳)「アクティブラーニングの技法・授業デザイン」(共著)など。

 文部科学省のリーディングDXスクール事業では、生成AIパイロット校という形で指定校が設定され、「生成AIの教育活動における活用」と「生成AIの校務における活用」の具体的な事例の創出が行われています。この事業で得られた知見を複数回にわたって紹介していきます。今回は、生徒たちが生成AIを活用して学習する場面を想定し、いかなる活用が深い学びの実現につながるか、検討していきます。

次期指導要領は生成AI活用が前提に

 20241225日、文部科学大臣より「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」という諮問が出されました。2030年代の学校を念頭に置いた学習指導要領の検討がスタートしたのです。その諮問の中に、以下の文言があります。

生成AIなどデジタル技術の発展は、変化に伴う困難や負担を個人や社会に強いるだけではなく、多様な個人の思いや願い、意志を具現化し得るチャンスを生み出している側面もあります。生産年齢人口が急減する中、テクノロジーを含むあらゆる資源を総動員して、全ての子供が多様で豊かな可能性を開花できるようにすることが、我が国の未来のために不可欠です。

 生成AI、特に私たちの日常的コミュニケーションから学習場面まで幅広く使われている「ことば」を扱ったテキスト生成AIの技術は、今後の学び方の幅を広げていくインパクトを持っています。情報通信技術とは、言わば、人間の知的活動の増幅装置とも言えますので、効果的な使い方をすれば「目標創出型・学習者中心型」の活用や授業を実現することができますし、そうでない使い方をすれば生成AI単なる答えを教えてくれる教師役で「目標到達型・教授中心型」の活用や授業に留まってしまうでしょう。深い学びにつなげるために、生成AIの強みを生かした活用方法が求められます。

自身の考えを揺さぶり深めるプロンプトの検討

 これまでの学習科学・認知科学の研究より、知識や理解が深まるとき、個々人の頭の中だけで完結しているわけではありません。他者や環境との相互作用によって「違い」を比べることが重要です。そのため、学びとは「自身の内的世界」での相互作用と「自身の外的世界」との相互作用の両方によって実現されています。そのように考えると、テキスト生成AIに頼りたいこととして、自身が学ぼうとしている、分かってきている、分かったつもりの事柄を、少し違う視点から見てもらうこととなるでしょう。

単に生成AIに「◯◯について教えて。」「◯◯のまとめを作成して。」といったプロンプトを入力しただけでは、知りたい「情報」を得て終わりになってしまったり、自分がわかっていた事柄と比較して「違っていた」「合っていた」で終わってしまうかもしれません。しかも、生成AIは、ときどき人間から見ると間違った回答をする「ハルシネーション」を起こしますから、間違いをそのまま真に受けてしまうことにつながりません。そのような使い方ではなく、知りたい「◯◯」という事実は、状況や場面等によって説明の仕方が少しずつ変わものなので、異なる条件を生成AIに与えて、自分が持っている考え比べることが効果的でしょう。深い学びにつながる生成AIへのプロンプトの特徴を整理したのが表1になります。

表1 深い学びにつながる生成AIへのプロンプトの特徴

特定人物の役割を与える

見方・考え方の異なる立場に基づいて得ることができる

特定の文脈・状況を与える

状況に応じて変化する文脈に基づいて得ることができる

情報の参照元を限定する

生成AIが持つ特定領域の情報に基づいて得ることができる

学習者が情報を与える

学習者が持つ特定領域の情報を与えて得ることができる

 ひとつめは、「特定人物の役割」を与える方法です。様々な文化・社会的背景を持っている人を演じてもらうことで、多様な立場からの考え・解釈を引き出せます。年齢や職業によっても、表現の仕方が変わってきます。それら情報をもとに自身の学びを比較し深めていくのです。

 次は、「特定の文脈・状況」を与える方法です。様々な事柄は、その時々、状況や文脈に応じて変化することは往々にしてあるものです。複数の状況を与えれば、それら状況による違いをシミュレーションすることができます。

 3つめは、「情報の参照元を限定する」ことです。生成AIは、大規模言語モデルによって構築された標準的な知識体系をもとに回答を生成します。そのため、普通のWeb検索で手に入るような回答や、学び手の想定と異なる意味合いで答えを生成したり、ハルシネーションを起こしたりします。そこで、回答して欲しい領域・分野を指定することで、より専門的な情報に基づいて回答を得ることができます。

 最後が「学習者が情報を与える」ことにより、様々な情報を生成AIに追加で学習させて回答を得る方法です。利用者が知っている情報がどう組み合わせ得るのか、自身がもっている知識の活用方法を試すこともできるでしょう。また自分では整理しきれていない情報を与えて整理してもらうことで、新たなまとめ方を知ることにもなります。

 これらの工夫をしたプロンプトを検討し、一度入力して回答を得たら終わりにするのではなく、何度も条件を変えながら複数回やり取りして多様な回答を得ていく「対話」がポイントとなるでしょう。

生徒同士で対話しながら授業で利用

 プロンプトを工夫することで、ある程度は自身の学びを深めことができます。しかし、一人で生成AIと向き合って使っている限りでは、使用方法が限定されたり、多様な活用方法が思い浮かばないかもしれません。AI活用リテラシーの学習も重要ですが、それ以上に授業では、小グループで対話しながら活用していくことを推奨します。

 ひとつは、「どんなプロンプトを入力したらよさそうか」を話し合いながら学習を進めること、もうひとつは「返ってきた回答結果は役立つか」を話し合いながら学習を進めることです。それら活動自体が、主体的・対話的で深い学びとなって、生成AIを使った「目標創出型・学習者中心型」の授業実践となるでしょう。

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