2024年度から、小学校の外国語(英語)科においてデジタル教科書が導入され、児童はタブレットやパソコンを活用して英語を学ぶ機会が増えました。文部科学省は2030年の次期学習指導要領においても、ICTを活用した学習を強化する方針を示しています。しかし、ICTの活用には慎重な検討が必要です。ユネスコの『GLOBAL EDUCATION MONITORING REPORT 2023』によれば、タブレットやパソコンを使いすぎると学習効果が低下する可能性があることが示されており、特に過度な使用によって集中力の低下や学習のモチベーション低下が指摘されています。
世界的なタブレット学習見直しの動き
スウェーデンでは、2010年にタブレットを学校に導入し、紙の教科書をほとんど使わない学習に切り替えました。しかし、2023年、「静かに本を読む」「手書きの練習をする」時間を増やす方針に変更されました。タブレット学習が児童の読解力低下につながる可能性があると考えられたためです。ほかにも、フランス、イタリア、フィンランド、イギリス、オランダ、オーストラリアなどで、同様の動きが広がっています。これらの国々では、過度なデジタル機器の使用が学習の効果を弱める可能性が指摘されており、対面授業や紙の教材とのバランスを考えた教育方針が検討されています。
PISA(OECD生徒の学習到達度調査)の調査でも、タブレットやパソコンの過度な使用と成績の間に負の相関関係があることが報告されています(Gorjón and Osés, 2022)。特に、小学生の場合、ICTの適度な活用と対面の授業や紙の教材を組み合わせることが重要だとされています。この考え方は、言語習得の理論にも基づいています。
言語習得の理論とICT活用
ICTを活用することで、ネイティブの発音を聞いたり、映像を通じて英語の使用場面を理解することが可能になります。これは「インプット仮説」(Stephen D. Krashen)による、言語習得に不可欠とされる理解可能なインプットにはなりますが、言語習得はインプットだけで進むわけではありません。アウトプット(話すこと)も同様に重要で、それには対面での学習が有利です。
さらに、「社会的相互作用理論」(Lev S. Vygotsky)では、言語は他者とのコミュニケーションを通じて習得されるとされています。つまり、児童同士や教師との対話を通じた学習が不可欠であり、ICTだけでは補えない部分が多分にあるのです。
発話を促し意欲を引き出す授業とは
東京学芸大学附属世田谷小学校にて、3・4年生の外国語活動および5・6年生の外国語科の授業を担当されている名渕浩司教諭の指導を参観しました。
(1)授業の導入:英語の雰囲気づくり
3年生の英語活動では、授業のはじめに英語の雰囲気をつくることを目的として、英語の歌を歌う活動からスタートします。教師がギターを演奏しながら歌うと、児童もそのリズムに合わせて楽しそうに発話し、英語の音やリズムを自然に体験する様子が見られました。無意識のうちに英語特有のリズムや発音の習得につながります。
(2)グリーティング活動:英語で気持ちを表現する
この活動では、教師が「How are you?」と問いかけ、angry, happy, hungry, sad, tired などの感情を表す絵カードを提示しました。児童は、それぞれのカードを見ながら、気持ちを表す語彙を学び、言葉と表情を結びつけることができるよう工夫されています。児童は、自分の気持ちに合った絵カードを選びながら「I’m ~.」と発話し、英語で自分の状態を表現する練習を行いました。その後、一人ずつ「How are you?」と教師と対話しながら質問と応答を繰り返し、実際のコミュニケーション場面を想定した活動へと発展しました。児童は英語でのやり取りに慣れ、自分の気持ちを言葉で表現する力を伸ばすことができます。
(3)数字の学習:「最後の数字を言ったら負けゲーム」
「1~25までの数字」を使った英語学習では、「最後の数字を言ったら負けゲーム」を取り入れ、児童は英語の数字を何度も発話する機会を持つことができました。楽しみながら学習することで、児童の積極的な発話を促し、英語への親しみを深める工夫がされていました。
(4)「I have ~.」の学習:対話を通じたコミュニケーション
「I have ~.」の表現を学ぶ活動では、テディベア、野球帽、ギター、自転車などの絵カードを提示し、教師がモデルとして発話しました。児童は、自分の持ち物と一致する絵カードがあれば、教師の発話を真似して「I have ~.」と英語で伝える活動を行いました。その後、児童は隣の友達と「I have ~.」の表現を使って持ち物を紹介し合う対話活動へと発展しました。この時に、「ペアで練習しよう」ではなく「自分の持ち物を自慢してみよう!」という声かけをすることで、児童の主体的な発話への動機を高めていました。児童たちは自分の持ち物を英語で伝えることに楽しみながら、言語の実践的な使い方を習得していました。
(5)教師主導型の指導の特長:リアルなコミュニケーションを育む
このような教師主導型の授業では、単にデジタル教科書の音声を聞くだけでなく、教師がリアルタイムでフィードバックを行うことで、児童が即座に正しい発音や表現を身につけることができます。また、児童同士の対話を促すことで、ICTを補完しながら実際のコミュニケーションの場を作る工夫がなされていました。教師が児童の学習意欲を引き出しながら、対話を通じて発話を促す指導が行われることで、児童は自然に英語を使う力を伸ばしていました。
実際に使える言語習得のために
小学校外国語活動の授業では、「聞くこと」「話すこと(やり取り・発表)」の2技能3領域を中心に、児童が実際に言葉を使ってコミュニケーションを経験することが重要視されています。こうした学びを支えるのが、教師の役割です。
ここまで見てきたように、教師は、リアルタイムのフィードバックや児童同士の自然な対話を促す場をつくることなどに加えて、児童の発達段階や個々の習熟度に応じた対応が可能であり、単なる知識の伝達ではなく、英語の響きやリズムを肌で感じながら学習を進めることを支援します。これは、デジタル教科書の音声機能や映像教材だけでは実現しきれない、対面ならではの学習効果です。
ICTを活用した英語学習と教師主導型の指導は、それぞれに強みがあります。しかし、小学校の英語教育では、教師が児童の発話を引き出し、実践的なコミュニケーションの場をつくる指導が欠かせません。こうした工夫を通じて、児童は英語を単なる知識としてではなく、実際に使える言語として習得していくことが期待されます。名渕先生の授業のように、ICTを適切に活用しつつも、人との対話を通じた言語の習得を大切にすることが、児童の英語力の向上にとって最も効果的なアプローチとなるでしょう。