MIRAI NO MANABI ミライノマナビ

ミライノマナビコラム  ― 大局観で教育を考える

2025.9.19

第30回 日本の教育が見習うべきIBの本質とは

後藤 健夫

後藤 健夫

教育ジャーナリスト。
大学コンサルタントとして、有名大学などのAO入試の開発、 入試分析・設計、情報センター設立等に関与。早稲田大学法科大学院設立に参画。元・東京工科大学広報課長・入試課長。『セオリー・オブ・ナレッジ―世界が認めた「知の理論」』(ピアソンジャパン)を企画・構成・編集。

変革期にある日本の教育。その行方と現状について、国際バカロレア(IB)教育に近づいていく見立てのもと、30回にわたり大局的な観点から記してきた。この見立ては現在でも揺らいでいない。最終回にあたって、IBの本質を再確認して、日本の教育のこれからを考えたい。

 

正しく受け入れられなかった10年前のIB

 いまから10年ほど前に、私は国際バカロレア(IB)の教育を象徴するTOK(Theory of Knowledge)に関する書籍を出版した。既に廃本となっているが『セオリー・オブ・ナレッジ 世界が認めた「知の理論」』(Pearson Japan)だ。TOKを日本に紹介する先駆け的な書籍だったが、当時は難解だと、なかなか受け入れてもらえなかった。

 当時は、政府が「欧米の大学への留学促進のための教育」と位置付けて、IB校を飛躍的に増やす数値目標を設定した。しかしながら、IBが単なる留学のための教育ではないと認識していたのは、IB校の卒業生や関係者など少数の人たちだけだった。

 ここで、改めてIBのミッションステートメントを確認しよう。

 国際バカロレア(IB)は、多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的としています。

 この目的のため、IBは、学校や政府、国際機関と協力しながら、チャレンジに満ちた国際教育プログラムと厳格な評価の仕組みの開発に取り組んでいます。IBのプログラムは、世界各地で学ぶ児童生徒に、人がもつ違いを違いとして理解し、自分と異なる考えの人々にもそれぞれの正しさがあり得ると認めることのできる人として、積極的に、そして共感する心をもって生涯にわたって学び続けるよう働きかけています。

 IBは、スイスで創設された。スイスは「永世中立国」だ。ヨーロッパでは民族対立や主権争いを繰り返し、戦争が絶えない。だからスイスは「中立」であることを選んだ。

 その背景からIBが世界平和の構築を目指すことは頷けるだろう。

 一方で、社会には「正解のない問い」が数多く存在する。不正解はあるが、正解が1つには決まらない問いだ。求められる解は最善解、納得解である。

 そのために、他者への思いやりや他者理解が教育として求められる。IBのミッションステートメントで重視したこのことが、今では、課題解決や探究学習として日本の高校でも取り組まれるようになった。

 

TOKはますます重要に

 現代は、フェイクニュースが簡単に流布する時代であり、生成AIもまだまだ平気で嘘をつく時代だ。

 こうした世の中では常に真偽の判断を求められる。そのためには、TOK、つまり、批判的、多面的に考えて、判断する必要がある。

 さらに言えば、事象を俯瞰的、多面的に捉えることで、これまでは思いつかなかったことに気がつくことがある。それがイノベーションや課題解決のタネになる。だから、TOKのような思考の訓練が一層価値を持つ。

 ただ、まだまだIB校は少ない。だからIBの教育を受けられる中高生は少ないだろう。では、どうしたら良いか。

 立命館アジア太平洋大学(APU)のように100を超える国・地域から学生が集まる大学に進学するのも良いだろう。

 あるいは、自分にはない多様な価値観を求めて、自分が住んでいる地域から離れた大学に進学して自分にはない価値に触れながら生活する方法もあるだろう。来年4月に開設されるコー・イノベーション大学(CoIU)は2年次から全国のサテライトキャンパスで地域に溶け込むように、その地域ならでは課題やその地域の企業の課題に取り組む。そうした学び方もある。

 いずれにしても多様な価値観を理解して、深く考えることができる環境に身を置くことをお薦めする。そうすることで、状況を俯瞰的に捉える機会も増えることだろうし、自分以外の立場で多面的に事象を捉えることにも慣れてくるだろう。

 これまで、今回を含めて30回にわたり、IBに触れながら、教育を大局的に捉えてきた。

 今回で、この連載は終了するが、引き続き、みなさんにはより良い社会の実現を目指していただきたい。そのためにIBの考え方や教育カリキュラムはきっと参考になるのではないだろうか。私は、そう考えている。

Category カテゴリ―