既存の常識が崩れる時代
「自分の履歴書」をどれだけ書けるかが勝負
今後の時代の変化をお話しする前に、すでにかつての常識を疑ってかかる必要があるということからお話ししましょう。
これまでは「いい高校からいい大学に入り、いい会社に就職して定年まで」というルートが、普通科の進学校の生徒にとって主流でした。ところが最近の調査では、高校1年生がストレートで大学を卒業し、就職した企業で3年間務めている割合は約20パーセント。この現実に対して、大学も企業も未だに単線型の人生を前提に設計した就学や就業の制度を変えようとしません。これでは社会的なロスが大きい。
日本はそんな大らかな見積もりでも、高度経済成長時代の余力でここまでは何とかやって来られました。大卒後に入った組織で規則や命令に従順に従い、ただがむしゃらに働いていれば、豊かになることができたのです。
しかし、変化が激しく、不確実で複雑な時代にそのようなリテラシーは用をなさない。加えて、日本は世界で最も高齢化が進んでおり、しかも人口は減り続けています。働き方を変えず、英語もしゃべれないままであれば、国力は低下する一方です。
不確実で移り気な世界を生きるには、単なる知識やスキルではなく、批判的思考力とアイデア力を持って他者と協働していく力が必要だし、またそのような世界で複線型の人生を生きるためには、オリジナリティや創造性も含めた「自分の履歴書」がどれだけ書けるか――様々な組織や事業者からお声がかかるような「自分の作品化」がどれだけできるかがとても重要になってきます。そういう力があれば、たとえロボットや人工知能に取って代わられる仕事があったとしても、今は存在していない新しい仕事にワクワクし、新しい仕事を自ら生み出すことができるんだと思います。
教育改革の目指す先にあるのは
BI時代における学校の役割
今回の教育改革は大学教育・高校教育・大学入学者選抜の一体改革です。「質的転換答申」で示された大学教育に必要なレディネスを新しい大学入試で測定する。だから、その入試に向けた対策として、高校も学習者も新学習指導要領で示された方向へ大きくシフトする。これは、テストによる波及効果(ウォッシュバック・エフェクト)を利用した壮大な改革と言えます。しかし、あくまでこれは入試圧という外発的動機付けです。
グローバル時代やAI時代のその先には、生活のためには働く必要がないBI(ベーシックインカム※1)時代がやって来るとも言われています。大学に進学しなくても、就職をしなくてもとりあえず食べていける時代には、「勉強しないと大学に入れなくなる」「せめて高校卒業を」という外圧が意味をなさなくなります。
教育の本質を考えるのであれば、BI時代の到来の当否はともかく、私はそうした外圧のない時代に、教師と生徒が学びに向かう意義を共有できればと考えています。AIやICTの活用により、「知識の伝達者」としての教師の役割は確実に縮小していきます。その代わりに、これからは「キュレーター」としての役割が重要になります。
キュレーターは、美術館や博物館で専門的な知識を駆使して展覧会を企画します。収集した情報を分類し、新たな切り口で複数の点をつなぎ合わせることで、より豊かな世界の見え方を提供します。教師も持っている専門知識やスキルを生かし、独自の切り口を生徒に提示することで、それまでバラバラに見えていた知識を有機的に結びつけ、学ぶことの楽しさを生徒と分かち合う。そういう、ユートピアのような佇まいを学校に実現できればと思います。
また、AI時代には学校での学びの形態が一気に変わっていくでしょう。
これまで、学力別のクラス編成や、40人のクラスを2講座に分けて行う習熟度別の少人数授業など、学校は教員の配置を手厚くすることにより、きめ細やかで丁寧な指導を進めてきました。しかし、AIとビッグデータを活用すれば、生徒一人一人の習熟度はもちろん、学習方法のクセや興味・関心の方向にも対応した学習処方が可能になるでしょう。
最近の出来事で言えば、これまでのS・M・Lサイズというアパレル業界の常識を打ち破り、1人の身体の15,000箇所を計測するZOZOスーツが現れた。学習指導も習熟度という一元的な尺度によるサイズ感の追求ではなく、個の学びに関わる様々な特性に応じたフィット感の追求を重視する時代になるでしょう。
※1 政府が国民の最低限の収入を保障する制度
皿洗いをずっとしていてもシェフにはなれない
アクティブな学びを通して基礎学力の必要性に気づく
次期学習指導要領が示すアクティブな学びについては、すでに探究学習や問題演習などで実践している先生方も多くいますが、今後はさらに増やしていくことになります。
アクティブ・ラーニングへのよくある批判として「発表や調べ学習、探究学習は基礎的な知識がなければできない、まずは基礎・基本だ」というものがあります。ですが私は、常々「下積み精神からの解放」を主張しています。皿洗いをいくら続けても、良いレシピは思いつかない、そういう意味のない精神論に生徒を付き合わせるのはもう止めようと言っています。探究やグループワークの中で失敗を経験すれば、生徒は基礎の必要性に気がつきます。
本校では、高校「サイエンス・リサーチ科」で探究活動に取り組んでいます。
探究活動では、高校1年生が半年ほどかけて自分たちのテーマを決めるのですが、「早く、小さく、失敗する」をモットーに、3回の構想発表を経ながら、洗練されたテーマへと練り上げていきます。その過程に2年生がアドバイザーとして、また質問者として参加して、自分たちの経験を次の学年に伝えています。1、2年生両方にとって良い学びの場となっています。
中高一貫コースで実施するGLOBAL CAMPUS CHALLENGEは、本校が独自に持っているクィーンズランド州教育省とのパイプを活用し、希望者全員がオーストラリアに四ヶ月間留学する取り組みです。将来的には現地に本校のキャンパスを確保して、学校丸ごと1年間留学できるようにしたいという夢があり、GLOBAL CAMPUSという名称を用いています。
今春からの中学入学生の皆さんには、Nanyo Departure Programという取り組みで、6年後にアメリカの州立大学に入学できるレベルの英語力(TOEFL iBT61以上)を目指してもらいます。卒業後に日本の大学から留学するだけではなく、直接海外の大学に進学できる英語力を身につけて、世界を自由に渡り歩いてください。
苦手分野は克服しなくてもいい
広い世界を体験することが財産になる
学力の評価は、学習指導要領に基づき、知識・理解、技能、関心・意欲・態度、思考・判断・表現等の観点でなされていますが、本校ではこれらに加えて、ユニークさ、出る杭であること、革新性、枠にとらわれない思考、といった観点も重視していきたいと思っています。これらは従来型の「優等生」ではない、どちらかというと教師が嫌がるタイプです。
今、あらかじめ用意された碁盤のマス目に自分の人生をはめ込む時代がようやく終わりを告げようとしています。保護者の皆さんには、我が子を無理に型にはめず、好きなことをどんどんやらせてください。かつての企業が求めたような平均的に何でもできる人間にする必要はありません。受験では、苦手分野があると不利になることがありますが、社会に出てからは正反対です。短所を克服し、万事そつなくこなすことよりも、長所を伸ばし、好きなことに躊躇なく打ち込んで、そこから他のことへと波及させていく方が子供も楽しいし、社会に出てからも力を発揮できます。
夏休みの進学補習を休むことになっても海外旅行に連れていくなどして、いろいろな世界を体験させてあげてください。お子さんの興味のきっかけがどこにあるのかは、体験させてみないとわからないのです。
企業の女性研究者・技術者と高校生が交流する「高校生のためのフューチャーフォーラム」の一場面。生徒会が企画・運営に携わった。
STEMプログラムツアーにてオーストラリアから来た留学生と一緒に理科実験
私の未来年表 越野泰徳
未来への抱負 | 教育・社会の変革 | 現小6 | |
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2020年代 | 紙のノートをほとんど使わなくなる | ||
2023 | 南陽高校生が国際学生科学フェアに日本代表として参加し入賞する | 高2 | |
2024 | 学年全員がTOEFL iBT61以上をクリア | 高3 | |
2025 | オーストラリア・クイーンズランド州に南陽高校キャンパスを設立 以後は1年間留学。教員が現地に常駐する。 |
大1 | |
2028 | 海外からの留学生が在籍 | 大4 | |
2030年頃 | 机が並ぶ普通教室が姿を消している | ||
2030年代 | 卒業生が現在存在しないビジネスで起業する | ||
2038 | 卒業生からノーベル賞受賞者が誕生する | 32歳 |