2020年の大学入試改革や次期指導要領で日本の教育は大きな節目を迎える。その一つが従来型の知識を覚えるだけの学習からの脱却だ。しかし、肝心の入学試験が知識だけを問うタイプのままでは、塾も学校も知識詰め込みを続けざるを得ない。今回紹介するのは、見えにくい学力を評価しようという西大和学園中学校の取り組み「21世紀型特色入試」。入試企画部長の宮北純宏先生にお話を聞いた。
西大和学園といえば受験生を持つ保護者なら知らない人がいない学校の一つだろう。2018年度、東京大学30名、京都大学57名、国公立医学部医学科58名合格、SSH、SGHの第1期指定校、と抜群の実績を持つ。そのような生徒募集に困らない学校が、見えにくい学力を評価する「21世紀型特色入試」(以下、特色入試)を新設したのが3年前。周囲からの反対意見があるのも承知の上で、新しい入試方式を導入したのには、当然理由がある。
「学科試験だけを基準にして評価された集団というのは、ある意味で同質性の高い集まりです。人の考え方や価値観は生活する環境の中で形成されるものですから、本校が目指すグローバルリーダーを育てるためには多様性に富んだ環境が必要です。そこで、学力偏差値には反映されないながらも優秀な子供たちを入学させたいと考えたのです。」
宮北先生がそう話した。先生は同質性を説明する例えとして「13個のオレンジを4人で仲良く分けるにはどうすればいいか?」という質問をされた。記者が「余った一つを四等分する」と答えると「四等分を唯一の正解としてきたことが、横並び意識を助長し同質性を高めてきました」と言う。
この問題には「大きさが違うからそもそも仲良く分けられない」というクリティカルな答えもあり得るし「余った一個は庭に植えて育てる」という未来志向の答えがあってもいい。現実の問題は、学校的な四等分で解決するものばかりではないのだ。重要なのは、その意見に皆が納得する理由が成立しているかどうか。同質の集団の下でだけ正解となる答えは、文化や国境を越えると役に立たない。
特色入試の2018年度の問題は、同校のウェブサイトで見ることができる。一例を紹介しよう。
もし「タイムマシン」があれば、あなたは「どの国」「どの時代」に行きたいですか。その行き先とその行き先をあなたが選んだ理由・目的などを明らかにしながら、150字以内で答えなさい。(2018年度西大和学園中学校 21世紀型特色入試より一部抜粋)
正解が一つに決まらない上に、自らの考えを元に5、6人のグループでディスカッションをして、グループ内の合意形成までが評価される。決してリーダーだけが評価されるわけではなく、全体への貢献力を測っているという。
「フリースタイルのディスカッションなので、試験会場はとても盛り上がります。他のグループの議論を偵察することもOKですので『偵察担当』を設けるグループもいます。他の受験生の意見を0か1かで判断するのではなく、自分の意見をしっかりと持ちながらも人の意見を聞く力も見ています。」
その一方で「特色入試は一芸入試ではない」とも言う。
「何かの世界大会で優勝したからといって、それだけで合格するわけではありません。求めているのは、興味関心の裾野が広い受験生。積極的でチャレンジ精神が旺盛な受験生も高く評価します。」
実際に合格した受験生を実績面で見ると皆が世界大会レベルというわけではない。しかし「興味関心の幅」や「チャレンジ精神」を評価することが、学校の多様性を高めて、集団全体に良い影響をもたらすのだという。
「学校は、ただ効率よく学ぶための場ではありません。生徒個々の得意分野や特技を掛け算する場でもあるのです。特色入試で入学した生徒がいることで、他の生徒たちも刺激を受けて、学びのモチベーションを高めます。他方、優れた得意分野・特技を持つ生徒をみんなで認めることも学校の重要な役割だと考えています。」
特色入試で入学した生徒は、総じて自己学習能力が高いという。スクールアンバサダー(生徒有志の学校広報大使)に立候補する行動力のある生徒が多いのも特徴だ。
「私たちの日常生活には学びのタネがたくさん落ちています。それに気づかずに見過ごすのか、敏感に感じ取って学ぼうとするのか、日々過ごす中でのその差は大きい。特色入試で入学した生徒には、そのようなタネを拾い上げる能力が高いと感じています。」
特色入試の新設当初、塾や保護者の反応は「入試回数が一回増えた」程度のものだったが、大学入試改革や次期学習指導要領の全貌が明らかになるにつれて、特色入試への視線は熱を帯びている。2018年度入試では、画一的な入試対策をした生徒が増えたためか、オリジナリティあふれる意見が減り、模範的な回答が増えて評価が難しかったそうだ。来年度入試に向けての説明会はかつてない注目を集めている。
「本校が目指しているのは次代を担うリーダーです。学習の基礎基本をしっかりと押さえて『東京大学に合格する力』はもちろん身につけてもらいます。ただし、生徒本人が東京大学に行くかどうかは別の話。海外の大学へと進学する流れもできてきたので、もっと広い世界が広がっていることを生徒に感じてもらいたいと考えています。」
ハーバード大学などのアメリカのトップ大学では、教育の質を高めるために、受験生の学力成績に加えて多様性の確保を重視するという。ペーパーテストで既にトップレベルの受験生が集まっている同校が、さらにその先を考えたときに特色入試に行き着いたのは必然だろう。来年度はいったいどんな問題が出されるのか、とても楽しみである。