「Apple Intelligence」が本格的に使えるようになり、いよいよスマートフォンがAIアシスタントになる”一人一台AI”の時代が到来します。AIは教育の個別化等で大きな可能性を秘めていると同時に、安易な答えや偽の情報を手に入れてしまうリスクも潜んでいます。今回は、2025年初を迎え、AIと子供たちとの付き合い方、保護者や学校はどういう心構えでいるのが良いのか、について考えます。
AIが手元にある日常──PC・スマホ普及期との比較
iOS18.1のリリースによって「Apple Intelligence」が本格的に使えるようになり、中高生の手のひらに“一人一台AI”が存在する時代が到来しようとしています。一方で、IT業界を牽引してきたビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズでさえ、家庭内では子供たちのデバイス使用を厳しく制限していたと伝えられており、それはまさに「自分の頭で考える力」を育むためだったのではないかと考えられます。
PCやスマホが普及し始めた頃にも、画期的な利便性に期待が高まる一方で、「子供の思考力やコミュニケーション力を奪う」という懸念が取り沙汰されてきました。AIが登場した今、そのインパクトはさらに大きくなると考えられます。だからこそ、私たち大人は、子供が本当に必要な時だけ、学習を深める目的でAIを使うという“賢い使い方”を意識する必要があるのではないでしょうか。
学習の大変革とBloomの2シグマ問題──AIで個別最適が進む?
子供たちが適切にAIを使えば、学習形態が大きく変わる可能性があります。Bloomの「2シグマ問題」の研究結果によれば、従来型のクラス指導と比べて、一対一の家庭教育を受けた学生の学習成果は2シグマ(2標準偏差)※向上することが示されています。AIが個々の子供に合わせて学習をサポートできるなら、家庭教師に近い効果が期待できるでしょう。
PCやスマホが普及し始めた頃は、わからないことを検索できるだけでも“すごい”と言われました。しかしAIはそこから一歩進み、子供が理解できていない箇所を解析してアドバイスを与えたり、興味を掘り下げたりといった対話型の学習機能を提供してくれる可能性があります。
※(編集注)1シグマの差は偏差値の定義から偏差値10の差となる。
誹謗中傷とフェイク情報──インターネット時代に引き継がれる課題
一方で、AIやインターネットがもたらす課題も見過ごせません。インターネット上には昔から誹謗中傷やデマも存在し、今日でも、私利私欲に基づく情報が子供の心を傷つけたり、誤った知識を植え付けたりするリスクは消えていません。さらにAIモデル自体に製作者の意図や信念が反映されていたり、存在しない情報をあたかも事実のように提示してしまう「ハルシネーション」も起こったりします。
こうした情報を元に“自分で判別する力”を持つためには、使い方を制限するだけでなく、AIを利用するときに「本当に正しい情報だろうか?」「他の観点からの見解はないだろうか?」を問い続けることが大切です。子供が自ら判断基準を確立できるまでは大人が伴走し、子供と一緒に情報の正否や発信の意図を見極める姿勢を育てていく必要があります。
「自分の頭で考える」姿勢と批判的思考の育成
子供たちにとって必要なのは「AIがなんでも答えてくれる」ではなく、「自分自身で考え、選択し、判断する」ことです。たとえAIが強力なツールであっても、その情報をそのまま鵜呑みにせず、疑問を抱いたら他の情報源と照らし合わせる。これはPCやスマホの普及期にも重要視されてきた点ですが、AIが利便性をさらに高めた今こそ慎重さが一層求められます。
親や教育者が、日常的に「その答えをどう感じたの?」「他にはどんな見方があるかな?」といった問いを投げかけることで、子供は批判的思考を磨くきっかけを得られます。この際、頭ごなしに使い方を否定するのではなく、学習支援の道具としてのAIの利点を引き出しつつ、子供自身のアイデアを尊重する姿勢が大切です。
親子の対話と“思いやりのコーチング”──興味・意欲を引き出す
さらに、リチャード・ボヤツィスらが提唱する「思いやりのコーチング」という、相手(子供)のビジョンや理想を軸にしたアプローチも有用です。親としては、まず子供の「理想の自分(ディスカバリー1)」を聞き出し、そのうえで現実の状況(ディスカバリー2)を共有してあげる。さらに足りないスキルや知識を学んでいくための学習アジェンダ(ディスカバリー3)を、一緒にAIを活用しながら進めていく。こうしたステップを踏むことで、子供は「義務感」ではなく「内面から湧き上がる気持ち」によって学ぶ喜びを見つけることができるでしょう。
これからの社会を共につくる──未来を見据えた親子の学び
総じて、一人一台AIが当たり前になる時代は、学習効率を上げたり、個別最適化をもたらしたりする一方で、デバイス依存や誤情報、モラルの問題などを含む複雑な課題に直面します。だからこそ、子供たちが自分の頭で考え、自分の判断に自信を持って行動できるように導くのが、私たち大人の役割と言えるでしょう。
ゲイツやジョブズがやったように、必要な場面以外では子供のIT機器使用を最小限に抑え、“考える力”を鍛える環境を整えることが、これからの時代においては特に意味を持ちます。AIやIT機器を使わない時間を通して自らと対話する力などが、AIに振り回されず主体的に生きる礎になるのです。
二極化する社会において、親や教師も自らどのように生きたいかを考え、子供たちの思考を尊重し、必要なときに適切にAIを活用する──そんな柔軟な姿勢が、より望む未来に向けて求められるのではないでしょうか。
出展:
・Bloom, B. S. (1984). The 2 sigma problem: The search for methods of group instruction as effective as one-to-one tutoring. Educational Researcher, 13(6), 4–16.
・リチャード・ボヤツィス, メルヴィン・L・スミス, エレン・ヴァン・オーステン, 監訳)和田圭介, 内山遼子, 翻訳)高山真由美(2024) 『成長を支援するということ──深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生むコーチングの原則』,英治出版 ※リンクはAmazon.co.jp