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ミライノマナビコラム  ― 子供たちのシンギュラリティ

2025.4.4

第29回 シンギュラリティは本当に来るのか?《前編》——レイ・カーツワイルが描く未来と現状のおさらい

小泉 貴奥

日本シンギュラリティ協会 小泉 貴奧

米国テキサス大学アーリントン校学際学部卒。レイ・カーツワイルの思想に傾倒し、帰国後2007年に日本シンギュラリティ協会を設立。講演やセミナーを開催し概念の普及に努める。ベンチャー企業を3社立ち上げ、電子カルテや各種ネット系サービス、人工知能開発を行うなど、シンギュラリティの実現へ向けて邁進している。
日本シンギュラリティ協会
https://www.facebook.com/groups/JapanSingularityInstitute/

2025年現在、レイ・カーツワイル氏が予測したシンギュラリティ到来まで、あと20年といわれています。彼が2005年に著した『The Singularity Is Near』から数えてちょうど中間点にあたる年でもあるため、本稿では過去20年の技術進化を振り返り、今後の社会変化を考察します。前編では2005年当時に示されたシンギュラリティ予測と、それからの約20年でどの程度技術が進んだのかを整理し、後編では今後20年間で社会や子どもたちの学びにどう活かすかについて検討する予定です。

 

2045年革命」を予見するカーツワイルのシンギュラリティ論

 レイ・カーツワイル氏は『The Singularity Is Near』(20051において、機械知性が人間の知性を超え、技術革新が指数関数的に加速する転換点を「シンギュラリティ」と呼びました。2045年ごろにはコンピュータのハードウェア性能が飛躍的に高まり、汎用人工知能(AGI)の登場やナノテクノロジー、遺伝子編集などのテクノロジーが人体強化に応用され、ロボティクスとAIが統合されるなかでブレイン・コンピュータ・インターフェイス(BCI)による人間と機械の融合が同時に進行すると予測しています。

 さらに、昨年6月に刊行された続編『The Singularity Is Nearer(2024)2でも、2045年という到達点や2029年にはチューリングテストに合格する人工知能が出現する見立ては変わらないとされています。さらに「今から約20年以内に人間の脳の機能すべてをコンピュータはシミュレートできるようになるだろう」(p.111)2と予測しています。

 

AIが引き金を引く爆発的なテクノロジー進化

 シンギュラリティ論に注目が集まる大きな理由の一つは、人工知能の飛躍的進化でしょう。2012年にディープラーニングが画像認識の性能で既存技術を大きく上回って3から、画像認識や自然言語処理の精度が向上し、大規模言語モデル(LLM)の発展によって文章生成やデータ分析が実用段階に到達しました。2020年ごろからはChatGPTなどによる会話生成AIや画像生成AIが一般ユーザーにも広がり、ホワイトカラー業務の効率化や新たな創作手法を生み出しています。

 さらに、高性能化したLLMやマルチモーダルAI※編集注 文字データに加えて、画像、音声、動画なども統合して処理できるAIのこと研究が今後進めば、2029年にチューリングテストを突破するAIが登場する可能性も現実味を帯びるかもしれません。

 

ナノボットとロボットが切り開く新たな社会インフラ

 ナノテクノロジーは、半導体の微細化やドラッグデリバリーシステム(DDS)など医療分野で既に実用化が進んでいます。2005年から2025年にかけて、ナノ粒子合成技術や観察・計測技術(例えば走査型プローブ顕微鏡の分解能)が大幅に向上し、大量生産と精密制御が可能になったことで、DNAの自己組織化を利用する研究(DNAオリガミ4)から分子機械(ナノマシン)の開発にまで道が開けつつあります。2030年代には血液中を巡るナノボットが細胞修復やBCIを補助し、エネルギー・製造分野にも新たなパラダイムをもたらす可能性があると指摘されています。

 ロボティクス分野においては、人間と同じ空間で作業する協働ロボット(コボット)5や屋外の自律型ロボットが増え、警備・配送・医療・介護・災害対応など幅広い領域で社会インフラを刷新しつつあります。これらの技術発展に伴い、労働構造やインフラの在り方も大きく変化していくと見込まれています。

 

遺伝子編集と人体機能の解明

 CRISPR-Cas9を用いた精密なゲノム編集技術6は、単一遺伝子疾患の治療や農業・畜産分野の品種改良などで実用的な成果を上げ始めています。再生医療の分野ではiPS細胞研究も進み、臨床応用が現実味を帯びつつあります。コロナ禍におけるRNAワクチンの大規模投与7とコストが抑えられるヒトチャレンジ試験(ヒトを対象にした免疫応答実験)8奇貨として、人体への影響についてのデータ収集も進んでいます。

 カーツワイル氏は、バイオテクノロジー・ナノテクノロジー・AIの融合によって老化を「治療可能」とみなし、寿命を大幅に延ばす未来を描いています。一方で、人体機能をどの範囲まで強化・改変することを自分自身に許容するのか、といった根源的な倫理や哲学の問いも浮上しています。

 

シンギュラリティへの疑問と大きな転換点の予感

 シンギュラリティが本当に2045年に訪れるのかどうかは、専門家の間でも意見が分かれています。しかし、AIやロボティクス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど複数の先端領域が並行して発展しているのは事実です。ディープラーニングやゲノム編集がわずか数年で社会実装された例を鑑みると、今後1020年の技術変革も急速に進み、大規模なインパクトをもたらす可能性が高いとする見方もあります。

 脳とコンピュータを直接つなぐような技術が普及すれば、AIへのアクセスが高速化する一方、自己の定義や自由意志、責任の所在など、人間や生命に関して深く考える必要が出てくるでしょう。こうした未来では、技術がもたらす恩恵だけでなく、AI依存による思考力の低下、プライバシー侵害、人権や倫理、格差の問題9など、負の側面も考慮しなければなりません。シンギュラリティが到来するかどうかにかかわらず、テクノロジーと自分自身の関係を主体的に考え、自分自身の人生にどう活用できるかを今から考え始めることが重要といえます。

 次回《後編》では、今後20年の社会変革ロードマップと未来の教育を中心に、シンギュラリティを迎えるための具体的なシナリオを考察します。あわせて、子どもたちが備えるべきスキルや、社会全体がどのように変わる可能性があるのかについても掘り下げる予定です。


参考文献:

1. Kurzweil, ray, “The Singularity Is near: When Humans Transcend Biology”, 2005
2. レイ・カーツワイル,『シンギュラリティはより近く: 人類がAIと融合するとき』, NHK出版(高橋 則明訳), 2024.
3. Alex Krizhevsky, Ilya Sutskever, Geoffrey E. Hinton, “ImageNet Classification with Deep Convolutional Neural Networks”, proceedings.neurips.Accessed 12 Mar. 2025
4. “DNAオリガミ”, Wikipedia,30 Sept. 2024
5. 協働ロボット”, Wikipedia, j15 Nov. 2023
6. 村本哲哉, “CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集.”, 東邦大学, 12 Mar. 2025
7. “RNAワクチン”, Wikipedia, 7 Feb. 2025
8. 医学研究:健康な人へのSARS-Cov-2チャレンジ試験”, Nature, Nature Portfolio, 12 Mar. 2025
9. “AIが変える未来。日本の産業革命と私たちの暮らし.” TRYETING Inc.(トライエッティング), 12 Mar. 2025

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