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ミライノマナビコラム  ― 子供たちのシンギュラリティ

2025.7.18

第30回 シンギュラリティは本当に来るのか?《後編》——AI時代の社会変革と人間性の再定義 子供たちに授けるべき3つの力

小泉 貴奥

日本シンギュラリティ協会 小泉 貴奧

米国テキサス大学アーリントン校学際学部卒。レイ・カーツワイルの思想に傾倒し、帰国後2007年に日本シンギュラリティ協会を設立。講演やセミナーを開催し概念の普及に努める。ベンチャー企業を3社立ち上げ、電子カルテや各種ネット系サービス、人工知能開発を行うなど、シンギュラリティの実現へ向けて邁進している。
日本シンギュラリティ協会
https://www.facebook.com/groups/JapanSingularityInstitute/

AIやロボティクスなどの技術が驚異的に進化する未来を、子供たちはどう生きるべきか。本稿では、技術革新がもたらす社会の変化を予測し、AIに代替されない人間固有の価値と、それを育むための教育のあり方を具体的に提案します。

 

今後20年で起こる社会変革ロードマップ

 これからの20年で重要な技術進化は、自律的に思考・学習するAGI(汎用人工知能)の登場です。それを境に、社会非連続的に変化すると予測されます。その変化をAGI登場前後の2つのフェーズで考察します。

フェーズ1 AGI前夜(現在 ~ 2030年頃):デジタル労働力の爆発

 この時代は、人間と遜色ない対話能力を持つ特化型AIが、安価なデジタル労働力として普及します。文書作成、分析、デザインといった知的労働の多くがAIに代替され、従来のホワイトカラー職は大規模な再編を迫られるでしょう。人間の役割は、AIチームを管理するマネージャーや、AIが提示した選択肢から最終責任を負う意思決定者など、より高度で戦略的な領域へと移行します。
 一方で、物理世界の変革は緩やかです。家庭用ロボットなどの普及は、コストや法整備といった現実の壁に阻まれ、本格的な実用化は2030年代以降の課題となります。

フェーズ2 AGI以後(2030年代 ~ ):物理世界との融合と人間の再定義

 人間と同等以上の思考能力を有するAGIが登場すると、科学技術のボトルネックや社会問題の解決が促進されます。AGIがロボット工学や製造技術等を発展させ、遅れていた物理世界の自動化が一気に進展。完全自動運転や全自動工場が社会インフラとなり、生活費を得るための仕事に圧迫される状態から自己実現のための活動へと「労働」の意味合いを変える可能性があります。

 しかし、新たな課題も発生します。多くの判断をAIに委ねることで思考力が低下し、人間が自らの運命をAIにコントロールされかねない危険性があります。私たちは豊かさの中で人間としてどう生きるかという、より本質的な問いと向き合うことになるでしょう。

 

将来価値が高まる人間ならではの3つの力と教育への応用

 このような社会でAIに代替されず、むしろ価値が高まる能力は以下の3つに集約されると考えられます。また、子供たちがその能力を育むためには知識伝達型から、子供の可能性を引き出す環境設計へと教育の重心を移すべきだと考えます。

1. 批判的知性と倫理的感性

 一つ目は、AIが生成する情報を鵜呑みにせず、その影響力を自らの思考と照らして判断する、知的・道徳的な防衛能力です。AGI登場前は、AIの出力結果の検証や学習データの偏りを見抜くことが重要になります。AGI以後、その判断が社会インフラに深く関わるようになると、その影響を監視し、人間として何を許容し何を許容しないかという一線を引く、社会全体の倫理観がより重要視されるでしょう。

 そのため、子供たちには知識の暗記ではなく、答えのない問いに向き合う探求学習を重視するのが良いでしょう。AIを多様な視点を得るための思考パートナーとして活用し、まずは自分の思考を引き出したうえで、AIの出力を批判的に吟味・評価することで、多角的な視点と倫理観を同時に養います。

2. 目的を創造し、主体的に世界に関わる力

 二つ目は、AIがHow(どうやるか)の最適解を示すのに対し、Why(なぜそれを為すのか)という目的そのものを生み出す、人間固有の創造的能力です。これは好奇心から本質的な問いを立てる力と、論理を超えた好きという感情や美意識、すなわち自らのハート(内なる価値観)に従ってビジョンを描き、選択する力から成り立ちます。AIが高度になればなるほど、人生の羅針盤となるのは自分自身の内なる声であると考えます。

 例えば子供自身の純粋な好奇心や好きを起点としたマイプロジェクトを教育の中心に据えます。教育者の役割はテーマを与える教師から、子供が情熱を探求するための道具や環境を提供する学習環境の設計者へと変わります。教科の壁を取り払い、子供が自由に知を横断し組み合わせることで、AIには困難な新しい価値を生みだしやすくなるでしょう。

3. 身体性を基盤に、失敗から学び成長する力

 最後は、自らの身体という基盤に立ち、意図的に困難に挑戦することで学びを得、精神的な成長を促せる能力です。五感を通したリアルな体験は、データで培えない直観力や共感力を育み、AIによる思考の均質化を防ぐ錨(アンカー)となりえます。また、AIが失敗を未然に防ぐ一見快適な社会では、意識して困難に身を置き、挫折や失敗から学び立ち直る力(レジリエンス)こそが、人間的な成長の大きさを決定づけるでしょう。

 リアルな体験、例えば自然の中での活動やスポーツ、アートといった五感を通した身体活動には挑戦がつきものです。挑戦は困難や失敗が副次的に発生し、そこからの学びは他では得ることができないものとなります。教育現場は安全に配慮しながらも挑戦と失敗、そしてそこからの学びを得られる場にし、得られた学びを称賛する文化が、困難に立ち向かう折れない心を育むと考えます。

 

問い続けよう、より人間らしくあるために

 今後、親や教育者の役割は、知識を教える賢人から、子供の好奇心に火をつけ挑戦を支える教育環境デザイナーであり、時に思考を深く促す対話者へと変わります。AIはこう言っているけど、君自身はどう思う? と問い続けることが必要になるでしょう。

 AI変革の中で私たちが主体性を保つ鍵は本稿を通じて探求してきた上記3つの人間固有の力にあるのではないでしょうか。これからの子育てや教育とは、単なるスキル習得ではなく、人間とは何か、豊かに生きるとはどういうことかという根源的な問いに、社会全体で向き合い続けるプロセスそのものです。自らの人生を設計し、テクノロジーも乗りこなしていく能力こそ、未来を生きる子供たちにとって最も重要な資産となるでしょう。

 

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