学習の基盤となる資質・能力
1人1台の端末環境整備によって、ネットワークを介した情報収集・編集・発信・共有など、従来の紙とノートでは実現が難しかった学習活動が可能になります。新学習指導要領では「学習の基盤となる資質・能力」として、言語能力、情報活用能力(情報モラルを含む)、問題発見・解決能力等と主に3つを挙げています。先生方は、子供たちが各教科を学ぶ過程でこれら学習の基盤となる資質・能力が育まれる学習環境のデザインが大事になります。また、子供たちは、これら学習の基盤となる資質・能力を発揮しながら教科等を学んでいくことが、深い学びにつながることになります。
前回は「目標創出型・学習者中心型」につながるICT活用の姿を紹介しましたが、今回は、子供たちの学習の基盤となる資質・能力の視点から、1人1台端末環境の利用について考えていきます。
PISA2018で測定された「デジタル読解力」
OECDは3年に一度、生徒の学習到達度の調査(PISA調査)を実施し、「生きるための知識と技能」の国際比較を行っています。2018年に実施されたPISA2018では日本の「読解力」が15位に急落し、話題になりました。実はPISA2015より、調査問題が紙と鉛筆ではなく、コンピュータを用いる形式になりました。そして、PISA2018では、コンピュータの特性を生かした問題が出題されるようになり、「読解力」もいわば「デジタル読解力」を測定するようになっています。
公開された問題の一つ※1では、仮想のWebブラウザをスクロールしたりタブを切り替えたりしながら、解答していきます。問題は全部で7問あり、最終問題は「三つの資料を読んで、あなたはラパヌイ島の大木が消滅した原因はなんだと思いますか。資料から根拠となる情報を挙げて、あなたの答えを説明してください。」でした。この最終問題までの間に、3つの異なるWebサイト(大学教授のブログ、書評、オンライン科学雑誌の記事)を読み比べ、大木が消滅した原因に関する二つの言説を読み解き、表にまとめた上で、自分なりに原因を考察していく形になっています。
※1 国立教育政策研究所 https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/01_point.pdf
高度情報社会で重要となるトランスリテラシー
学習科学者でトロント大学名誉教授のカール・ベライター氏は、学校教育を通して一番高めたい資質・能力を一つ挙げるとしたら「トランスリテラシー」だと述べています。トランスリテラシーとは、課題を解決するために、世の中に存在する多種多様で断片的な情報を統合して、自分なりの考えを創り上げるためのリテラシーです。第6回の「知識創造社会と21世紀型スキル」で紹介したように、これからは、仲間と共に知識を想像する力が求められています。特に、一人ひとりが課題解決のために、知識を生み出していく力をもっていることが大事となります。
私たちは常日頃、インターネット上からさまざまな情報を入手しています。しかし、情報を入手して使っているだけでは、新たな知識は生まれません。インターネットによって情報が氾濫している今、大事なのは、多種多様で断片的な情報について、各情報の掲載理由や信憑性、情報の限界など判断しつつ、情報を必要に応じて組み合わせてトランス(変容)させ、必要な知識を創り出していくことでしょう。
トランスリテラシーとは、単なる情報選択能力(答え探し)ではなく、情報創造能力(答えづくり)と言えるでしょう。さきほど紹介したPISA2018のサンプル問題も、デジタル社会において、このトランスリテラシーを発揮できるかどうかを測定したかったのではないでしょうか。
積極的読み(Aggressive Reading)でトランスリテラシーを身につける
大学の研究室でも、トランスリテラシーを持ち合わせているゼミ生は活躍します。例えば、研究領域に関わる複数論文を調査し発表するゼミが開催されたとします。発表の際、「Aの論文はこうでした。Bの論文はこうでした。Cの論文はこうでした。」と発表するゼミ生と、「AとBとCの論文から、このような新たな研究仮説が見えてきました。そのため、このことについて調査したいです。」と発表するゼミ生とでは、どちらが次の研究につながりそうでしょうか?
筆者の指導教員だった三宅なほみ教授は後者を「積極的読み(Aggressive Reading)」と名付け、興味深い実験を行いました。それは、研究者・学部生・大学院生を対象に、複数の文献を読ませ、付箋紙を用いて文献内容の要素を空間配置させるものです。
その結果、研究者は各文献の重要な構成要素(例えば研究の『成立理由』『現在明らかになっていること』『今後の展望』)を抜き出した上で、文献をまたいで要素を組み合わせ(例えば、文献A, B, Cの成立理由をつなげて、研究領域で大事とされている研究仮説を創り出す)、自身の考えを創り出すような活動を行っていました。一方、学部生・大学院生は、同じ文献同士でしか付箋紙をつなげませんでした。そのため、空間配置されたものは、各文献の中身同士の接続にとどまり、「組み合わせて導出する(創り出す)」まで至りませんでした。
その後の研究では、大事な要素を抜き出し整理する活動を支援したり、整理する活動を対話させながら進めていく学習環境を用意したりすることで、学部生・大学院生でも研究者の読みに迫るような読解ができる可能性を示しました。トランスリテラシーを発揮していくためには、「積極的読み」を支援した学習環境の中で積み上げていくことが大切かもしれません。
形だけの調べ学習から深め創り出す探求学習へ
1人1台端末環境の活用の一つとして、調べ学習に使われるケースが増えていくでしょう。しかし、調べて(検索して)出てきた答えを単にコピーするだけで満足したり、もしくはプレゼン資料として見た目だけきれいに整理したりするだけでは「目標到達型・学習者中心型」にとどまり、深い学びとは言えません。
「目標創出型・学習者中心型」の調べ学習としていくためには、調査目的(問い)を持った上で情報を探しにいき、「成立理由」「明らかになっていること」「今後の展望」など情報の背景を吟味し、大事だと結論付けた複数の情報を組み合わせ自分なりの考えを創り出すような探究的な学習への転換が欠かせません。この豊かな学習プロセスを子供たちができるだけ多く経験できるよう、授業デザインの工夫や、家庭での目配りが大切になるでしょう。