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2021.5.21

第13回 教育の情報化で変わる学びのかたち(1)

益川 弘如

益川 弘如

博士(認知科学)
聖心女子大学現代教養学部教育学科 教授
認知科学者。学習科学、教育工学、協調学習が専門。
著書に、「学びのデザイン:学習科学 (教育工学選書II)」(編著)、「21世紀型スキル: 学びと評価の新たなかたち」(翻訳)「アクティブラーニングの技法・授業デザイン」(共著)など。

 

一人一台の端末環境整備をはじめ、学校内外で「学び」のために多様な情報機器を活用する時代になってきました。この学習環境の変化は、「目標創出型・学習者中心型」で学ぶ機会を後押しする方向に動いています。しかし、使い方を誤ると「目標到達型・教授中心型」を助長する方向にも動いてしまいます。「学校」の歴史を振り返り、今、どんな方向に進もうとしているのか。今回から2回に分けて、『デジタル社会の学びのかたち Ver.2 教育とテクノロジの新たな関係』からアメリカにおける「学校」の歴史と変化を紹介し、日本の今後を考えていきたいと思います。

 

デジタル社会の学びのかたちとは?

 『デジタル社会の学びのかたち Ver.2 教育とテクノロジの新たな関係』(A.コリンズ・R.ハルバーソン(著),稲垣忠(編訳)(2020)北大路書房)では、アメリカにおけるICT活用教育の推進派、ICT活用教育の懐疑派それぞれの意見を紹介しつつ、「学校」のまわりで起きている教育変化を紹介しています。

 同書では、教育の歴史を大きく3つの段階にわけています。義務教育等、政府が責任を持つ現在の教育システムを「公教育時代」と呼びます。そして、現在の学校制度が誕生する産業革命前、教育は弟子入りして学んでいたため「徒弟制時代」と呼びます。そして、オンライン学習など教育のデジタル化によって学校を超えた学びが実現されていくこれからを「生涯学習時代」と呼びます。この「徒弟制時代」「公教育時代」「生涯学習時代」の順で、アメリカにおける教育の変化を以下の8つの視点から整理しています。

1.責任:教育の責任は誰なのか
2.期待:教育に何を期待しているのか
3.内容:どのような内容を教育するのか
4.方法:どのような方法で教育するのか
5.評価:教育の成果をどのように評価するのか
6.場所:どこで教育するのか
7.文化:教育の文化的背景はどのようなものか
8.関係性:どのような関係性で教育するのか

 今回は、1から4までを紹介し、次回残りを紹介した上で、一人一台端末が整備された日本の教育の今後を考えていきたいと思います。

 

1.責任:「保護者」から「政府」へ、そして「学習者自身と保護者」へ

徒弟制時代】何を学ぶかは保護者が決めていました。将来の職業は決められており、弟子入りして学んでいました。

公教育時代】政府が責任を持つことで、保護者が持っていない考え方や価値観なども学校を通じて育てることになりました。

生涯学習時代】再び保護者(小学生くらいまで)、あるいは学習者自身(中学生以上)が決めることができるようになっています。学習者のニーズ・興味に従ってオンラインでDIY的に学びを組み立てられるようになりました。また、オンライン教育など多様な学校が選択可能になっています。

 

2.期待:「社会再生産」から「全員の成功」へ、そして「個人の選択」へ

徒弟制時代】保護者は親の仕事を継ぐことを望んでいました。そのため教育は保護者が習得したことと同じ教育を受けさせました。これは、親と同じ職業にしか就けないという、階級的格差の再生産も支えていました。

公教育時代】教育によって、学び手全員が同じような成功者として育まれることが期待されました。職業が選べるようになったため、教育による公平さが重視されるようになりました。保護者たちは、子供が将来成功するためには、良い教育を受けられることが大事だと考えるようになりました。

生涯学習時代】皆と同じ内容を学ぶことを拒否する学習者もでてきています。皆と同じものを同じように習得するのではなく、学びたいものを決めて、それを伸ばしていきたいと考えるようになってきています。

 

3.内容:「実用スキル」から「学問知識」へ、そして「学び方の学習」へ

徒弟制時代】大人になったときに仕事ができるようになるため、読み書きと親方のスキルや技術を学ぶことが重要でした。その他、買い物など生活していくための実用的なスキルを学ぶことが重視されていました。

公教育時代】社会的なつながりのなかで生活していくための準備となりました。知的な市民や労働者になるよう、世の中で使える知識(読み書き計算)を重視しました。そして学校教育が中学から、高校まで、大学までと延長されるにつれ、重要だと思われる学問分野を教科として体系的に教えるようになりました。

生涯学習時代】新しい知識の増大によって、必要とする全ての知識を学校で教えることは不可能になってきています。学び方についての学習や、役立つ情報を探す方法を学ぶことのほうが重要になってきました。このことは将来の職業が変わり続けるため、新しい知識や技能を学び続ける必要がでてきている、という現代社会の状況ともつながります。

 

4.方法:[徒弟制]→[講義形式]→[相互作用]

徒弟制時代】徒弟制の教育方法は、仕事場での親方のやり方をじっくり観察させて模倣させたり、特定の仕事の場面で必要に応じてコーチングを受けたり、何度も訓練させたりするなどしていました。牧場を経営する方法、商店を営む方法、家事の方法、読み書きであっても体系化されたものを教えられるのでなく徒弟制の学び方でした。1対1もしくは2、3人の学習者のために大人が対応していました。また、親方だけでなく兄弟子たちから学ぶこともありました。

公教育時代】徒弟制の教育方法は学校で実現できなかったため、多数の子供たちを一斉に教育する方法を発展させる必要がありました。教師は知識やスキルを教え、質問に答えさせたり、宿題を出したり、テストを実施し測定するという方式が開発されました。そのような一斉教授に対し、近年は、生徒が主体的に参加するような指導方法も開発されてきましたが、同じ内容を学べたか、覚えているかの到達で評価する限り、効果は限定的でした。

生涯学習時代】相互作用(相互のやりとり)を活用する方向で発展してきています。コンピュータチュータとの相互作用(コンピュータによる自動化された誤答の指導)では、徒弟制を真似たフィードバックを行っています。他にも遠隔学習で、生徒たちを各グループに割当て話し合わせることもされています。リアルな対面そのものを置き換えることができませんが、これまで学校ではできなかったタイプの相互作用を提供することが可能になってきています。

 いかがだったでしょうか? 現在の「教育システム」は当たり前に存在するものとして捉えられていることが多いため、歴史に沿って俯瞰することで、一人一台時代の教育に向けて視野を広げることができるのではないでしょうか。次回は、残り4つの視点を紹介した上で、「目標創出型・学習者中心型」を実現していく日本の教育の未来における課題ついて考えていきます。

 

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