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ミライノマナビコラム  ― 授業が変わる 学校が変わる

2021.11.12

第15回 AIドリルの解析から算数・数学の学びを考える

益川 弘如

益川 弘如

博士(認知科学)
聖心女子大学現代教養学部教育学科 教授
認知科学者。学習科学、教育工学、協調学習が専門。
著書に、「学びのデザイン:学習科学 (教育工学選書II)」(編著)、「21世紀型スキル: 学びと評価の新たなかたち」(翻訳)「アクティブラーニングの技法・授業デザイン」(共著)など。

 

子供たちが一人一台端末環境を「学びの道具」として活用していくことで、授業時間内外双方の学びがより豊かになっていくことが望まれます。しかし、そこでの学び方が「目標到達型・学習者中心型」で留まるのではなく、「目標創出型・学習者中心型」として実現していくためには、今、多様な学習アプリが登場する中で、実際の学び手がいかに学んでいるか、期待される学びを引き起こしているか、丁寧に見ていく必要があるでしょう。この回は、算数・数学の領域に着目して、様々なサービスでいかなる学びが保障されているのか検証し、保護者や教師はどのように対応していくことが望まれるのか、考えていきたいと思います。

 

一人一台環境と個別最適な学びの実現

 「GIGAスクール構想」による一人一台端末環境の整備によって「個別最適な学び」での活用の期待は高まっています。公立の小中学校では、自治体単位で市販ドリルアプリを導入するところも出てきています。ドリルアプリによる個別最適な学びによって、子供たちのいかなる力が育まれているのでしょうか。このコラムでは、市販ドリルアプリのうち、より先進的だと言われているAIドリルに焦点をあて、いかなる力を育んでいるのか、ある企業の協力を得てAIドリルに蓄積されたビッグデータ解析を行った結果を紹介します。

 

全国学力・学習状況調査問題の結果から見える課題

 今回は、算数・数学の中でも「比・割合」の領域を対象として紹介します。この領域は、全国学力・学習状況調査でも度々出題され、指導改善の必要性が主張されています。

 図1に示している問題は,平成24年度に実施された全国学力・学習状況調査の算数Aの出題問題です。

図1 全国学力・学習状況調査のH24算数A問題より

 (1)は、場面と図とを関連付けて二つの数量の関係を理解しているかどうかをみるもので、 (2)は、1に当たる大きさを求めるために、除法が用いられることを理解しているかどうかをみるものでした。この問題、一見、大人でも間違えてしまいそうな問題です。みなさん、正解は分かりましたでしょうか。(1)の正答は「4」で、(2)の正答は120÷0.6などになります。

 国立教育政策研究所の分析報告書(2012)によると、(1)の正答率は34.3%で、一番多かった誤答は「3」でした。一方、(2)の正答率は41.3%でした。(2)の正しい立式は機械的にできても、文章題の内容が、どのような意味をなしているのか、何を意味しているのかといった、図のイメージができない子供たちがいることが分かります。なお、最も多かった解答パタンは(32.2%の児童)、立式と図のイメージが両方誤っているが整合した解答で、(1)は「3」を選択し、(2)では「120×0.6」の掛け算で答えていました。これらを踏まえると、問題文を十分に読み込まないまま、図と式の組み合わせを何らかの思い込みで選択したり立式したりしている可能性があります。

 教える教師側としては、子供たちが、問題文を図と対応させて考えさせていくことで意味を理解し、そしてそれを具体的な式として立式する、というプロセスを想定しているのだと思われますが、子供たちは、そのようには学んでいないかもしれません。それよりも、テストやドリルで見慣れた計算式や文章題が出たときに、もっともらしい手続きを当てはめれば正答になる、それが、算数・数学だと思っているかもしれないのです。

 本来は、比べるとはどういうことなのか、何が基準となって(基準量)、何が比較され(比較量)、割合は何を示しているのかの意味理解の形成と、解答時にもそれを踏まえたプロセスが求められているところなのですが。

 

個別最適な学びと問題解決能力の育成

 このような現状に、AIドリルはいかなる功罪をもたらしているのでしょうか。研究チームで、AIドリルのビッグデータ解析を行いました。分析対象のAIドリルは、小学校3〜6年生の算数問題、約24,400問が収録されていました。教員が一斉配信したドリルを子供たちが取り組み、解答の正誤とそれ以前の学習履歴を基に、各児童の習熟状況に応じた問題を自動出題するシステムでした。子供たちの取組状況はグラフ表示され、その表示結果をもとに、教師による個に応じた指導に役立てることができるとされていました。このAIドリルの各問題は、6種類のレベルに分けることができ、正答・誤答によって次の問題のレベルが推移するタイプでした。

 公立小学校、全国学力・学習状況調査を受ける前学年の5年生54名が一年間にわたって授業や家庭学習で利用したログデータを分析しました。全部で111,161件の解答データがあり、そのうち、さきほど紹介した全国学力・学習状況調査の問題領域に該当する「比・割合」に関連する「小数のわり算」の単元での解答データは8,971件あり、1,478種類の小問が出題されていました。児童たちの学力層別の取り組み具合を見ていくため、児童54名それぞれが全期間中に取り組んだ全設問の正誤から平均点を出し、上位群(14名)、中上位群(13名)、中下位群(13名)、下位群(14名)の4群に分けました。

 解答回数と正誤数を学力層ごとに整理したのが図2となります。上位ほど解答した回数が多く、下位層は上位層の1/4以下しか取り組んでいないことがわかます。ドリルは計算が苦手な子供たちの学びを保障することが期待されているのですが、単に家庭学習で取り組ませるだけでは、学力の保障までにはつながっていないことが見えてきました。

図2 学力層別取り組み解答回数と正誤の割合

 また、どの学力層であっても、一定の誤答があり、その誤答が多い問題を調べてみると、文章題が多いことが見えてきました。実際出題される問題もいわゆる計算式の答えを出すような単純な計算問題が多く、AIドリルを通していかなる学びを身に付けているのかというと、それは「意味理解」ではなく、計算式や文章題の種類に応じてどのような解き方をすればいいのかの「パタン」の学習にとどまっている可能性が高いことも見えてきました。

 

教師・保護者はどのような対応が求められるのか?

 今回の分析から、教師・保護者はどのような対応が求められるのでしょうか。教師としては、AIドリルの位置づけを授業の展開と密接に接続させることが求められるでしょう。「目標創出型・学習者中心型」の一部となるよう、授業は、より意味理解を意識した展開が必要になるでしょう。AIドリルは最低限の学力保障にはつながるかもしれませんが、学力向上まで求めるのは難しいかもしれません。保護者の方々も、AIドリルにがんばって取り組んでいればうちの子供は安心だ、ではなく、子供がAIドリルに取り組んでいる最中に「どうしてその答えを選んだの?」「どのように考えたの?」と問うてみて、「このような文章が出てきたら、このように答えればいいんだよ」というパタンを返すのではなく、「この文章はこのような意味だから、こう考えたんだよ」というような意味理解に言及してもらえるかどうか、確認してみるといいかもしれません。

 

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