MIRAI NO MANABI ミライノマナビ

ミライノマナビコラム  ― 授業が変わる 学校が変わる

2023.5.19

第21回 なぜ学習評価はむずかしいのか

益川 弘如

益川 弘如

博士(認知科学)
聖心女子大学現代教養学部教育学科 教授
認知科学者。学習科学、教育工学、協調学習が専門。
著書に、「学びのデザイン:学習科学 (教育工学選書II)」(編著)、「21世紀型スキル: 学びと評価の新たなかたち」(翻訳)「アクティブラーニングの技法・授業デザイン」(共著)など。

 

テストの点数は何を意味しているのか?

 今回は、「学習評価」について考えてみたいと思います。みなさんは、学校教育において「テスト」は切り離すことができないものだと思われていることでしょう。なぜならば、どれだけ学べているかを測定するための重要な道具だとされているからです。それでは「100点を取れた」「95点だった」「50点だった」といったときに、この点数は何を意味しているのでしょうか?

 例えばAさんとBさんが同じ「70点」を取ったとします。このとき、AさんとBさんはその出題範囲において「同じ学力である」としていいのでしょうかテストによる評価は「総括的評価(summative assessment)」と呼ばれています。総括的評価である「テスト」でみなさんがイメージするのは「誰が1番になったの?」とか「私はみんなの中で順位は下の方だった」というような「順位付け」だと思います。しかし、この序列化には、どのような意味があるのでしょうか「大学入試」に向けての練習でしょうか。他の人と点数を比較して、努力させる外圧でしょうか。

 現在の学習指導要領のもとでは、「学習評価」とは、子供たちの序列化のためではなく、子供たちの現状を見取り、その先の学び・次の指導に役立てるものとされています。子供たちの学力(資質・能力)の「今を知る」ことが目的ではなく、「次にどうすればいいか」の情報を得るため、今を知ることが大事なのです。また、「今、何ができるか」だけではなく、「将来、どのような力を発揮しそうか」を知ることも目的となっているのです。

 

子供たちの学力(資質・能力)は直接捉えることはできない

 総括的評価であるテストで常に問題になるのが、「客観性」や「公平性」です。これらの問題がいつまでも解決できない理由は明確で、子供たちの頭の中を直接見ることができないからです。脳科学の研究も進んでいるとはいえ、物理現象のように人の学び測定することはできないのです。

 学習科学者のペレグリーノ(※1)は、「評価の三角形」という概念で、人の学びの捉え方について整理しています(下図)。第20回でも少し紹介したもので、各頂点は、「認知(Cognition)」「観察(Observation)」「解釈(Interpretation)」から成り立っています。子供たちの頭の中、すなわち測定したい学力(資質・能力)「認知」の箇所です。ただ、頭の中を直接見ることができないので、評価者はなんらかの方法で「観察」する必要があります。テストや発表などで、頭の中のことを「外の世界」に出してもらう必要があります。評価者から見ると「観察の窓」を開くことになります。そして、その「観察の窓」から捉えることができた情報をもとに、評価者が、子供たちの「認知」の状態を推測し、「この子は今、このような力が身についているだろう/身についていないだろう」と「解釈」するのが学習評価なのです。

 そのため「認知」「観察」「解釈」をどう事前に定めるかによって、評価も変わってきます。それが学習評価の「客観性」や「公平性」を難しくしているのです

 

図 評価の三角形(Assessment triangle)

 

学習評価の目的によって評価の方法や出題内容が変わる

 学習評価は、目的や評価者の立場によって「認知」「観察」「解釈」が変わります。大きく次の3つに分類することができると言われています。

・学習を支援するための評価
・個人達成の評価
・教育政策を評定する評価

 一番重要なのは「学習を支援するための評価」です。日々の子供たちの学習活動をできるだけ丁寧に「観察」する「形成的評価(formative assessment)」によって、随時子供たちの学びの状況を「解釈」し、先生方は次の授業づくりに活かしています。そこでは、子供たちの対話や発言、ノートやワークシートの書き込み、作品や成果物など、様々な情報を使用しています。「目標到達型・教授中心型」「目標到達型・学習者中心型」の授業を「目標創出型・学習者中心型」に転換していくためには、この学習評価の充実が欠かせません。

 個人達成の評価は、単元テストや定期テスト、業者テストなど、特定の期間終了後に生徒が一定水準の能力に到達したかどうかを判断するため総括的評価です。到達(認知)をどのように定めるかによって、テスト(観察)変わってきます。ここをしっかり工夫しないと、評価者である先生が知りたい解釈ができない場合もあります

 教育政策を評定する評価は、都道府県単位での統一テスト、全国学力・学習状況調査、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)などです。テストを受ける人数が増えると、採点が大変になるため、自由記述が使えないなど「観察」の方法が限られてきます。

 このように、学習評価は目的や立場によって変わるため、テスト等の点数の解釈もそれぞれ変わってきます。現在、学習評価の研究では、これらの3分類のどれであっても、学習指導要領で定められている豊かな学力(資質・能力)が測定できるよう努力されています。しかし現状では、採点や順位付けのしやすさが優先されてしまい、「目標創出型・学習者中心型」の授業を実践しなくとも正答できてしまう豊かな学力が測定されているとはいい難いテストも存在しています。

 あるテストの結果を見とき、単に「何点取れたか」ではなく、その点数が意味するものについて、テストの問題内容まで戻って見てみることで、「このテストではこのような力(認知)を測ろう(観察)としていて、その結果のこの点数(解釈)だったんだ。じゃあ、この子は次にこういう学習を進めていくことが大事かな。」というような活用をしていきたいものです

※1 J. W. ペレグリーノ, 益川弘如(訳)(2018)「教育におけるアセスメントの設計と利用についての学習科学的視点」,R.K.ソーヤー(編著),大島純,森敏昭,秋田喜代美,白水始(監訳),望月俊男,益川弘如(編訳)『学習科学ハンドブック第二版第1巻-基礎/方法論-』北大路書房. 199-216.

 

Category カテゴリ―