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2023.11.10

第23回 テストの設問形式で思考過程は変わるのか?

益川 弘如

益川 弘如

博士(認知科学)
聖心女子大学現代教養学部教育学科 教授
認知科学者。学習科学、教育工学、協調学習が専門。
著書に、「学びのデザイン:学習科学 (教育工学選書II)」(編著)、「21世紀型スキル: 学びと評価の新たなかたち」(翻訳)「アクティブラーニングの技法・授業デザイン」(共著)など。

 

 前回は、センター試験で過去に出題された国語問題を題材に、生徒たちの思考過程に迫りました。その結果、各設問で示した傍線部の前後から、表面的な単語レベルで一致しているかどうかをもとに解答を選択していくような、テストで高得点を取るための解き方をしていました。このように、できるだけ効率的に点数を取ろうとする思考プロセスは、「テストワイズネス」とも呼ばれています。学習者のテストワイズネスの力を見るのではなく、真の読解力を見るにはどのようにすればいいのか。今回は、テストの設問形式を変えて思考過程を比較した研究を紹介します。

 

選択式と記述式とでそれぞれの思考過程を記録

 実験で用いた問題は、前回と同じくセンター試験で過去に出題された国語の小説問題(平成27年度、小池昌代『石を愛でる人』)です。対象は私立大学の学部学生16名に協力してもらいました。

 16名の学生を従来どおりの多肢選択式で解く人と、記述式に変更した設問で解く人とに分けました。最初に、一人で通常通り問題を解いてもらいました。そしてその後、同じ設問形式を解いた学生同士で2人または3人組になってもらい、改めて話し合いながら問題を解いてもらいました。このように後半、協調問題解決の時間とすることで、話し合っている内容から、どのように考えているかの思考過程を把握することにしました。この話し合いの様子をすべて映像と音声で記録し、実験後、ビデオ記録の行動と発話の内容を分析しました。

 

本文や設問を見ている時間を比較すると

 まずビデオ記録の行動を分析しました。話し合っているときに、問題文を見ている時間と、自分たちが解いた設問を見ている時間のどちらが長いのかを調べたところ、多肢選択式グループは解答用紙の選択肢を長く見ながら話し合っていたのに対して、記述式グループは問題文を長く見ながら話し合っていました。本文の内容を踏まえて話し合っていた時間が長かったのは記述式グループの方でした。

 

浅い処理と深い処理

 次に、話し合いの内容について分析しました。分析基準は以下の2タイプ(3分類)です。

・浅い処理:表面的に単語や文節の有り無しで対応づけて確認していくような対話過程
・深い処理(部分的):文や文節、単語の一部分の内容解釈に基づいて解答を検討するような対話過程
・深い処理(統合的):複数の場面をまたいだ内容解釈に基づいて解答を検討するような対話過程

 「浅い処理」では、文章の字面に反応して解答を見つけるような、パターンマッチングをおこなうような対話です。一方、「深い処理」になってくると、文章の意味することをきちんと解釈した上での対話となります。特定の場面だけ注目している場合を「部分的」、場面の前後をつなぎ合わせて検討するような対話を「統合的」に分類しました。

 前回のコラムでお話した通り、この問題で測ろうとしている読解力は、『石を愛でる人』の本文全体を通して、「わたし」と「山形さん」の関係を「石」や「言葉」を巡って変わっていくことを読み取ることでした。そのような読み取りに基づいた対話過程が起きている場合、「深い処理(統合的)」としました。

 その結果、多肢選択式グループでは、「浅い処理」か「深い処理(部分的)」に留まった話し合いでしたが、記述式グループでは全グループが「深い処理(統合的)」と分類される話し合いが行われていたのです。

 話し合いの様子を詳しく見ると、多肢選択式グループでは、選ばなかった選択肢をなぜ選ばなかったのかについて問題文と行き来して確認するような話し合いが多く見られました。言わば、消去法で消去した理由を話し合っていたのです。それに比べて記述式グループでは、設問の解答結果を踏まえながら、問題文の各場面がどのように変わっていったかを確認し合ったり、自分と相手の解釈が異なっていた場合には、本文に戻って共に解釈を再検討するような学び直しが起きていました。

 

登場人物「わたし」の性別の読解

 この『石を愛でる人』の中には、「わたし」と「山形さん」が登場します。その中で、「山形さん」は男性であることは何度か言及があるのですが、「わたし」の性別は曖昧です。しかし、山形さんが「わたし」のことを「小池さん」と呼ぶ場面があり、「わたし」はこの作品の作者の小池昌代さんで、女性であると考えられます。『石を愛でる人』の文章理解において、性別理解はとても大事な要素ですので、「わたし」の性別を同定できる発話の部分を分析しました。その結果、記述式グループでは全グループが女性と解釈していた一方で、多肢選択式グループは、3グループ中2グループが男性だと誤解していたのです。以下、話し合いの一部を紹介します。

多肢選択式グループの対話事例
Jさん:だって男でしょ2人とも。2人とも男じゃん
Kさん:あははは
Jさん:愛情までいくかと思って
Kさん:あははは確かに
Jさん:子供じゃあるまいしさ
Kさん:うんうん

記述式グループの対話事例
Aさん:だってさ、山形さん山形さん、ずっと山形さん山形さんって言ってたんだよ、ふふっ
Bさん:ふふっ
Aさん:こんな目を山形さんは持っていたのだろうか、こんな目を山形さんはしていたのだろうか。ははっ。山形さんのいいところをひとり……ほら、大好きじゃん。

 事例で挙げた記述式グループは、解答検討時に「わたし」の気持ちがどうだったのか、石を媒介にしながら想いを馳せていた様子を自分なりに紹介しています。

 一方、多肢選択式グループは、解答検討時にある選択肢を選ばない根拠として「わたし」は男性であることを挙げました。しかし、このグループは、「わたし」の性別を誤解しているにも関わらず、解答は正答していたのです。

 

設問形式の違いを超えた学びを

 この研究からは、同じ設問文でも設問形式の違いから本文を読み取る読解力が変わってくることが示されました。私たちが何気なく勉強してテストを受けている状況を今一度見直し、「テストのために勉強していないか」を考え直す必要があるかもしれません。もちろん、多肢選択式問題であっても、求められる読解力を発揮して解くことができる人もいます。そのような力をつけていくために、普段から文章をどのように読んで、何に対して答えを作り上げているのか、より豊かな指導が求められているのでしょう。そのために、このコラムで取り上げている考え方である「目標創出型・学習者中心型」の授業がとても大事になってきます。

 

参考文献
益川弘如・白水始 (2020)「多肢選択式と記述式の設問形式の違いによる解決プロセスの差異-大学入試センター試験問題の国語既出問題を用いた協調問題解決実験-」, 大学入試研究ジャーナル, Vol.30, 54-51.

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