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ミライノマナビコラム  ― 授業が変わる 学校が変わる

2024.2.16

第24回 授業観・学習観の変容を目指した教員養成授業の取り組み

益川 弘如

益川 弘如

博士(認知科学)
青山学院大学 教育人間科学部 教育学科 教授
認知科学者。学習科学、教育工学、協調学習が専門。
著書に、「学びのデザイン:学習科学 (教育工学選書II)」(編著)、「21世紀型スキル: 学びと評価の新たなかたち」(翻訳)「アクティブラーニングの技法・授業デザイン」(共著)など。

 

大学における教員養成で大事にしたいこと

 これまでの連載で、先生方の授業づくりにおいて、考え方の視点を大事にしていきたいことを何度もお伝えしてきました。それは、単に「目標到達型・教授中心型」から脱却して「目標到達型・学習者中心型」を目指すのではなく、「目標創出型・学習者中心型」の授業づくりです(第1回「学びのゴールが変わる」参照)。そのために、教職を目指す大学生たちにも、この考え方を持ってもらうことが大事なのは言うまでもないでしょう。しかし、大学生たちがイメージする小・中・高の授業は、「自分自身が受けてきた授業」となるため、「目標到達型・教授中心型」「目標到達型・学習者中心型」のイメージに囚われている学生も多くいるのが実情です。そのイメージをできるだけ早い段階で再考できるよう、大学授業も変わっていく必要があります。

 そこで2023年度に文部科学省の委託事業として、大学と教育環境デザイン研究所(CoREF)とで連携し、授業プログラムを開発、実践を行いました。1

 

子どもたちの学びの事実に焦点化した授業研究の体験

 開発した授業プログラムで大事にした点は、受講学生が「目標創出型・学習者中心型」の授業を実際に実感・納得してもらえるよう、授業を体験することです。そしてもう一つは、授業の良し悪しを教師の振る舞いや子どもたちの行動パタンから判断するのではなく、子どもたちの思考過程から判断することの重要さを実感してもらえるよう、子どもたちの学びの事実に焦点化した授業研究を体験することです(行動パタンではなく思考過程を見とることの重要性については第20回「新しい学びのための授業研究のあり方とは」で紹介しています)。そのために、CoREFプロジェクトで取り組まれている授業研究のステップを現場から離れた大学の教室でも実施できるよう実践記録データを活用し、以下の授業プログラムで進めました。

1 過去実際に先生が実践した知識構成型ジグソー法の授業を体験する

2 授業者が、授業前にどんな学びが起こってほしいかを想定した記述シートをもとに、自身の授業体験と比較しながら、実際の授業で子どもたちはどのような学びが起きたのかを予想する

3 実際の授業場面(特定のグループでの話し合いの様子と発言が記録された動画データ)の動画を見る

4 授業者や自身の想定と、実際の子どもたちの学びを比べて議論する

5 子どもの学ぶ姿を根拠にして、ねらいに向けてより子どもたちの学ぶ力を引き出すために、授業デザインや支援の工夫として考えられることを議論する

 このステップを中学校社会科「太平洋戦争」と「裁判所」を題材とした授業記録を用いて2回サイクルを回しました。

 

授業研究の体験を通して学んだこと

 実践後のアンケート(32人)で、授業研究の体験を通じて、動画に登場した子どもたちの学び方やつまずき方について一番勉強になったエピソードとその理由の回答を整理したところ、以下の3点に分類することができました。

・対話を通して生徒自らが学びを深める力があることを観察できたこと(14人)
・想定していた様子とのズレを実際に観察できたこと(13人)
・生徒の様子から、問いや教材の見直しを検討できることを観察できたこと(5人)

 特に興味深いのは、14人の学生が、学生自身が想定していた以上に、生徒たちが対話を通じて自ら学びを深めていることに驚きを持ち、そのような力を持っている様子を対話のやりとりから観察できていたことです。このことは、「目標到達型・学習者中心型」の授業でありがちな「話し合わせるけど最後に答えは先生が教えてしまう(教えないといけない)」というような学習観・授業観を見直し、「目標創出型・学習者中心型」の授業でも十分子どもたち自身で深めていくことができるんだ、という意識に変わっていくきっかけになったのではないでしょうか。また、残り2分類についても、子どもたちの学びの事実をしっかり見ることが、授業改善の手がかりになるとの発見ができたようです。以下のようなコメントが出てきました。

・エキスパート活動を行うときに、思わぬところでのつまずきがあったり、それによって資料を間違って解釈してしまう生徒がいたにも関わらず、全体でジグソー活動などを行う場面ではほかの生徒の指摘によってその間違いに気づき、軌道修正できていたのを見て、生徒には本質的に自ら進んで学んでいく力があることが分かった。

・実際の授業の様子を見る前に、自分たちで子どもたちのつまずきなどの予想を立てたが、実際はもっと初めのところでつまずきがあったり、予想以上の考えが出できたりしていたので、子供たちの視線に合わせて授業を作ることの難しさと授業内での教師の臨機応変な対応が子供たちの学習に重要であるということが分かった。

 

 また、ICTを活用することで授業研究をする際の視点がどう変わっていたかと思うか、という質問に対しては、以下のように、子どもたちの学びの様子をより詳細に見とることができることや、時間や空間を超えての授業研究の可能性などを指摘していました。

・これまでは、授業計画とクラス全体の様子を見る参観だったが、一連の子供たちの発言がより明確に聞き取ることができることで、授業の計画と子供たちの思考の変化を見ることができ、どの活動や発問が子供たちの学習にどのように影響を与えたのかを分析できるようになったと考える。

・普通の参観では、リアルタイムのその場の一回限りになりがちなように思いますが、ICTの活用により、あとになって、それぞれの生徒や生徒同士の対話、グループ活動の様子を観察し分析したり、より深く、広く見ることができたりして、丁寧に授業研究ができると思います。生徒の反応を取りこぼしにくく、ギャップも見えやすく、よいと思いました。

・参観の場合はひとつのグループしか観察できないが、ICTを活用すれば複数のグループ活動を比較することもできると感じた。また、オンラインで授業研究ができるので、地域格差の是正に繋がるのではないかと考えた。

 

 さらには、教職の志望度が上がったかどうかという質問に対して、4割近くの学生が上がったと答えており、「目標創出型・学習者中心型」の授業の良さと魅力に気がついてきているのかもしれません。大学授業を変えていくことで、これからの授業が変わり、学校が変わっていくことが、今、求められているでしょう。

 

1 学習科学に基づく授業研究モデル開発(文部科学省委託事業「教員研修の高度化に資するモデル開発事業」)

 

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