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ミライノマナビコラム  ― 未来を生きるアドラーの教え

2022.2.4

第16回 子どもの勇気をくじいてはいけない

岸見 一郎

岸見 一郎

日本アドラー心理学会認定カウンセラー
1956年京都に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。
『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)にて日本にアドラー心理学を広く紹介。近著に『子どもをのばすアドラーの言葉―子育ての勇気』(幻冬舎)、『幸せになる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教えII』(ダイヤモンド社)など。

 

前回、人生には多くの困難があり、それらに立ち向かう勇気を教える必要性を考えました。では、子どもが困難に立ち向かい、うまくいかなかった時に、親には何ができるでしょうか。そして、日頃の接し方ではどんなことを心がける必要があるでしょうか。アドラーの言葉にこのことについての核心を突いたヒントがあります。

 

子どもは自力で立ち直れる

 学校での勉強、受験という課題に取り組む子どもが、いつもいい結果を出せるとは限りません。思っていたような結果を出せず、子どもが落ち込んでいるのを見た時、まわりの大人は何とか力になりたいと思うでしょうが、本来的には自分で解決するしかありません。不用意な言葉をかけてしまうと、かえって立ち直りを遅らせることになります。

 親が子どもに口出しをしてしまうのは、子どもが自力では苦境から抜け出すことができないと思っているからです。親に心配してもらうと嬉しいと思う子どもはいますが、干渉されることを嫌う子どももいます。

 苦境と書きましたが、試験でいい成績が取れないというようなことは、本当は苦境でも何でもなく、次の機会に頑張ればいいだけのことです。にもかかわらず、子どもが親の目に余るほどつらそうにしているのには、別の目的があります。

 その目的というのは、親を諦めさせることです。子どもはそう思わなければならないほど、勇気をくじかれているのです。子どもの勇気をくじかないためには、どうすればいいか考えておかなければなりません。

 

子どものことで絶望しない

 まず、親が絶望しないことです。

 アドラーは、次のようにいっています。

「母親が自分のことで絶望していると感じれば、子どもは大いに勇気をくじかれる」(『子どものライフスタイル』)

「両親が子どものことで勇気をくじかれている時、そのことは子どもにとって非常に悪影響を及ぼすということをわれわれは知っている。その時、子どもはあらゆる希望を失うことを正当化される。そして、子どもが絶望する時、彼の共同体感覚の最後の痕跡も失われる」(『子どものライフスタイル』)

 子どもは自分の課題は自分で解決するしかなく、親ができることは何もないので、子どもが勇気をくじかれることはあっても、親まで勇気をくじかれるのはおかしいのです。

 親といえども、子どもの代わりに子どもの課題を解決することはできません。それでも、親は子どもにとっては、いわば最後の砦であり、見守ることしかできなくても、自分を守る存在であってほしいと思うでしょう。

 それなのに、親が自分のことで絶望するのを見れば、親は自分を見捨てようとしていると子どもは思うかもしれませんし、これ以上、親を苦しめてはいけないと思って、課題に挑戦しなくなるかもしれません。

 こうして、子どもの共同体感覚が失われることになります。親と結びついていると感じられることが、共同体感覚の意味だからです。

 

特定の子どもを偏愛しない

 次に、子どもをひいきしないことです。きょうだい関係は、子どもがライフスタイルを形成する時に一番大きな影響を与えます。きょうだいの中で、親から偏愛される子どもがいれば、他の子どもは自分に注目を向けるために問題行動を始めることがあります。

「もしも家族の中に傑出した能力のある子どもがいれば、その次の子どもには、しばしば、問題行動がある。第二子が、より友好的で魅力的であるということもよくある。そこで、兄は愛情を奪われたと感じる。このような子どもたちが、思い違いをして、自分は無視されているという感じにとらわれるのはたやすい。

 彼は自分が正しいことを証明する証拠を探す。行動はいっそう悪くなる。そこで、いっそう厳しく扱われる。このようにして、彼は自分が妨害され脇へと押しやられたという思いの確証を見出す。権利を奪われたと感じるので、盗みを始める。見つかり罰せられると、いよいよ誰も自分を愛さず、すべての人が自分に敵対しているということの証拠を手にすることになるのである」(『人生の意味の心理学』)

 親はどの子どもも同じように愛しているつもりでいても、勉強ができる子どもをひいきにすることがあります。中には、あからさまに勉強できない子どもをできる子どもと比較して、成績が伸びないことを非難する親もいます。

 残念ながら、親に非難された子どもは奮起したりしません。ただ、勇気をくじかれ、アドラーがいっているように問題行動をすることもあれば、腹が立つというより、親が絶望するような行動をすることがあります。

 ある二人の子どもを持つ親は、兄が中高一貫校に入学した時、そのことを大いに自慢しましたが、数年後、兄と同じ学校に入学した弟が「僕は医学部を目指す」といった途端、親の期待は弟に向かいました。

 兄は、学校に行かなくなりました。兄が親の注目を自分に向けるために学校に行かないという選択をしたのは間違いだと私は思いますが、親は子どもの誰かをひいきしたら、このようなことが起こりうることは知っていなければなりません。

 

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