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ミライノマナビコラム  ― 未来を生きるアドラーの教え

2024.5.10

第25回 自分の人生を生きる勇気

岸見 一郎

岸見 一郎

日本アドラー心理学会顧問
1956年京都に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。
『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)にて日本にアドラー心理学を広く紹介。近著に『子どもをのばすアドラーの言葉―子育ての勇気』(幻冬舎)、『幸せになる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教えII』(ダイヤモンド社)など。

多くの親は、子どもが自分の人生を勇気を持って生きてほしいと願うものです。ところが、問題行動はもちろん、適切な行動であっても、周りの大人が子どもの行動に注目することで、その子どもに劣等感を持たせるとアドラーは考えます。いったいどういうことでしょうか? そして、子どもが勇気を持って生きるために周りの大人ができることは何でしょうか?

 

他者に従う子ども

 アドラーの『子どものライフスタイル』は、アドラーがニューヨークで行っていた症例検討と公開カウンセリングの記録です。

 ある日のカウンセリングでは、アドラーは盗みを働くグループの一員として補導された十二歳のマイケルと彼の父親と話した後、カウンセリングを学ぶ教師にどうすれば彼を勇気づけられるかという話をしています。

 この少年は自分の意志ではなく、リーダーに命じられて盗みを働きました。

「彼の最大の誤りはリードされることをあまりに好むということです」(『子どものライフスタイル』)

 誰かに命じられて盗みを働くということでなくても、親や教師のいうことに従ってしまう子どもも同じです。なぜ従ってしまうのか、アドラーの言葉でいえば、なぜ「リードされる」のかといえば、責任を取りたくないからです。

「彼の個性の全体はこの〔リードされることを好むという〕誤りの上に築かれており、そのため彼はあまり勇敢ではなく、他の誰かに行動の責任を取ってほしいと思うのです」(前掲書)

 アドラーは「自分自身のリーダーになれる」と信じるように勇気づけなければならないといいます。彼と話をする時に必要なのは、盗みを働いたこと自体を問題にすることではなく、責任を取らないためにリードされるという彼の誤った考えを改めることです。それが改まらない限り、盗みをしなくなっても別の問題を起こすとアドラーは考えるのです。

 

自尊心を増す援助

「私はいつもリードされることは誤りであることを彼に示そうとした。もしもわれわれが彼の自尊心を増せば、勇気は自ずとやってくるだろう。自分が劣っていると感じている限り、彼は責任を受け入れないだろう。責任を取るということと勇気があることの訓練は同じ全体の部分である」(前掲書)

 アドラーは自尊心を増せば、「勇気は自ずとやってくる」といっていますが、それを阻むのもマイケル自身なのです。彼は劣っていると感じているので自分で決めずに他者に従うのではありません自分で決めると責任を取らないといけないので、自分は劣っていると思おうと決めているのです。そのため、彼の自尊心を増し、自己評価を高めることは容易ではありません。しかし、自分で決めると責任が伴うけれども、自分で決められると思えるように援助しなければなりません。

 アドラーは次のようにいっています。

「自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる」Adler Speaks

 子どもが何か問題を起こした時には、親は罰したり、叱ったりしますが、そうすることは自尊心をなくし自分には価値がないと思わせます。

 

大人ができること

 アドラーは、マイケルと話す時に盗みの話はしないで、「われわれは彼の低い自己評価だけに関わる必要がある」(『子どものライフスタイル』)といっています。子どもが問題を起こすと、親やまわりの大人は問題にばかり注意が向いてしまいます。子どもの方も普通にしていたら注目されないと思って問題行動を起こすので、盗みの話をするだけでも問題行動に注目することになるのです。

 子どもが問題行動をして注目されようと思わなくなるためには、まず、子どもの問題行動、短所、欠点でなく、適切な行動や長所に注目しなければなりません。子どもの性格や行動で適切なところを教えてほしいと親にたずねると、すぐに答えが返ってこないことがありますが、これは子どもが問題行動、短所、欠点によって親の注目を引くことに成功しているからです。

 次に、行動だけでなく、子どもの存在、つまり子どもが生きていることに注目しなければなりません。

 適切な行動であっても、親が子どもの行動に注目している限り、たとえ親にそのつもりがなくても、子どもたちを競争させることになります。何かを成し遂げることで——いい成績を取るというようなことです——親の期待を満たせないと思った子どもは、劣等感を持ち自分には価値がないと思い込むことになります。

 何かを成し遂げることによってしか他者に貢献できないと思い、しかも他者と比べてしまうと、自分が劣っている、負けていると思うことになります。しかし、子どもがそのように思うことがないように、生きていることに価値があるとは何かができるとかできないということとは関係がなく、生きているだけで他者に貢献していると親が子どもに教えなければなりません。それを子どもが理解できれば、子どもは「他者よりも劣っているとか、負けたとも感じないだろう」(『人生の意味の心理学』)とアドラーはいっています。

「われわれがしなければならないのは、もしも自分を過小評価しなければもっと幸福になれると彼に示すことである」(『子どものライフスタイル』)

 子どもが親のいうことを聞かないと、それを子どもの反抗心の表れと見る親はいますが、むしろ、子どもが自分の人生を生きる勇気を持つようになったということなのです。

 

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