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ミライノマナビコラム  ― 今、なぜロボット・プログラミング教育が必要なのか

2021.12.3

第13回 自治体の取り組みからGIGAスクール構想を考える

福田 哲也

福田 哲也

追手門学院ロボット・プログラミング教育推進室 室長
教科は理科。前職の奈良教育大学附属中学校ではじめたロボット・サイエンス教育を、追手門学院大手前中学校で正規の授業として取り入れた。ロボット・サイエンス部の顧問として、多くの世界大会への出場、入賞を果たしている。2度の文部科学大臣賞を受賞。
日本のロボット教育の普及・啓発を目指して、ロボット教育のカリキュラム監修や出張講義などにも取り組む。

 

国の強い支援もあって、ほとんどの学校に端末が配布され、GIGAスクール構想の具現化がはじまっている。様々な実践の中で、新たな教育の可能性が見えてきた反面、さまざまな課題も。それは、朝日新聞にも採りあげられた。(朝日新聞「iPad届いたのに制限だらけ 学校間で広がるIT格差」2021年1月18日)
今回は、GIGAスクール構想をいち早く導入し、新たな教育を目指す奈良市の取り組みについて、奈良市教育委員会の谷正友氏に、GIGAスクール構想をどのように進めたのか、そして、どのような効果があったのかをインタビューした。

 

奈良市が目指すGIGAスクール構想とは

奈良市教育委員会学校教育課 情報教育係 係長 谷正友氏

Q これまでの経緯を教えてください。

2018年、奈良県や奈良市のICTの環境整備は、どちらかというと遅れている状況でした。校務分野の情報化も遅れており、当時、県内市町村で共有の統合型校務支援システムを構築するプロジェクトを推進していました。県域で人事異動した教員が転勤先で困らないように、統一したシステムづくりを行い、働き方改革につなげようと。そして、県や市町村の担当者が何度も協議する機会があり、奈良県全体のチームとして取り組みました。GIGAスクール構想の話がでた時にも自然と検討がはじまりました。「いつでも、どこでも、誰でも学べる」をスローガンに、「すべての子どもたちのために自由度の高いものをみんなで協力して構築しよう」という方向性で整備が進みました。

 

Q クラウドベースの端末にした理由は?

GIGAスクール構想の取組は政府のクラウドバイデフォルト方針もあり、クラウド利用を前提として議論を進めました。奈良県全体で単一ドメインに、そして1人1アカウントにしていく。1人1アカウントにすることで、進級や進学をしても継続利用することができ、いわゆるマルチデバイスでの利用にも対応できます。また、ChromeBookは立ち上がりも速く、従来の機器よりも圧倒的に運用管理コストが低いのが特徴です。そして、複雑な構成や設定をするのではなく、できるだけシンプルにすることで、利用者に負担がかからないことを重視しました。

※ 情報システムの構築に際してクラウド利用を基本とする方針のこと

 

Q 大きく推進できた要因は何ですか?

2020年の3月、コロナ禍で、全国的に学校が臨時休業となりました。その時に、ICTを活用したオンラインの取り組みを思い切ってスタートさせました。まだ、GIGAスクール端末の整備前の状況でしたから、家庭にあるスマートフォンや、タブレット、コンピュータ、使用できる端末が家庭にない場合は学校のパソコン教室のパソコンの貸出も行いました。多数の課題が噴出し、例えば、端末の種類やOSも多種多様で、Wi-Fi環境がないといったケースもありました。ネットワークの支援も含めなんとか実現することができました。のちに振り返ってみると、課題はたくさんありながらも、パソコンやICTを活用できたことに対する前向きな意見もたくさんありました。「たいへんだったけれど、やってよかった」「登校できない状況の中で、子どもたちと画面越しでありながら、コミュニケーションをとることができた」と。

9月からいよいよ端末整備が進み出したのですが、各学校に2つのことをお願いしました。1つは、端末が学校に来る前に、学校での約束づくりをしましょう。もう一つは、端末が配られたら、1週間以内に家に持ち帰らせてください。そして、家のネットワークから、写真を送るなどして、接続を確認しましょうと。

さらに、教育委員会で、午後4時から5時半の間にGoogle Meetsを開き、困っている学校管理職や教員が気軽に質問できる相談窓口を開設しました。すると、学校側でも、数人の教員が集まっての情報交換や問題解決が生まれ始めました。

オンライン授業で「学びをとめない」

 

Q GIGAスクール構想で、どのような学びに繋がっていますか?

例えば、定着のためのデジタルドリル。これまでは、宿題の提出期日になるまで、子どもたちの進捗状況を知ることはできませんでしたが、デジタルドリルだと、今、誰が、どこまで進んだかが、一目瞭然です。だから、進捗が遅れている子どもたちに声をかけたり、つまずきを知るきっかけになったりします。 教員にとっても、従来以上にきめ細かな対応が可能になります。

また、通常の授業において、英語科では、音声認識を用いたスピーキング練習に取り組んだり、社会科では、調べたことをスライドで整理をして事前学習に取り組んだり……。また意見交換の場面では、jambordを使って、付箋を貼って分類したり、発表したりする実践事例などもあって、子どもたちのICT機器の習熟の速さにはおどろかされることが多いです。また、これまで挙手をして発表するのが苦手だった児童も、端末を通して表現する機会に繋がったという声も聞きます。

ICT活用で学びを促進

 

Q GIGAスクール構想がはじまって、課題は?

最低限の制限としてアダルト、暴力、詐欺サイト等にフィルタリングはかけているものの、動画サイトの一般的なものは視聴できることから、「何とかしてほしい」という保護者の声があるのも事実です。深夜時間帯の活用制限については検討中ですが、スマートフォンと同じように、まずは家庭で話し合って、約束づくりをしてほしいとお願いしています。従来の情報モラルの学習では、危険性を強調しすぎるという声もありました。今後は、ICTをどのように使うべきかについては、社会の変化に対応し、デジタルシチズンシップの価値観を育むことが重要と考えています。

 

Q これから目指す方向性は?

これまでは同じ場所、同じ時間に同じ学齢の子どもたちが集合し一斉に学習することがあたり前でした。自分の興味関心に合わせて学び、時には集団で学ぶことが、新しい時代に求められることの1つです。教員の役割もコーチングからファシリテイトに。学校という枠組みでどこまでできるのか、試行錯誤しているところで、少なくともICTの導入によって、このような個別に最適化された学びは広がると考えます。そして、新しい時代にふさわしい教育に発展していく可能性を感じています。

 

インタビューを終えて

奈良市には60をこえる小・中学校があることから、GIGAスクール構想実現は容易でないことは想像できる。しかし、子どもを主体に考え、崇高な目的を掲げ、自治体、学校、そして家庭が力を合わせることによって、大きく推進することができたといえよう。

GIGAスクール構想によって、学校教育そのものが大きく変わろうとしている。それは、学校教育だけでなく家庭教育にも求められている。ICT機器は、非常に便利なツールであるが、使い方を間違えれば、危険な凶器に。しかし、はさみや包丁と同じで、「手を切る可能性があるから、使ってはいけない」という考え方では返って学びを妨げる。正しく使うことを、学校でも、家庭でも教えることで、谷氏の言うデジタルシチズンシップが醸成されると考える。最後に谷氏の次の言葉が印象的であった。

「ダメだ、ダメだと制限をかけるのではなく、大人からの願いを伝えて、子どもたちを信用しましょう」

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