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ミライノマナビコラム  ― 今、なぜロボット・プログラミング教育が必要なのか

2022.6.3

第15回 就学前教育で大切なことは?

福田 哲也

福田 哲也

追手門学院ロボット・プログラミング教育推進室 室長
教科は理科。前職の奈良教育大学附属中学校ではじめたロボット・サイエンス教育を、追手門学院大手前中学校で正規の授業として取り入れた。ロボット・サイエンス部の顧問として、多くの世界大会への出場、入賞を果たしている。2度の文部科学大臣賞を受賞。
日本のロボット教育の普及・啓発を目指して、ロボット教育のカリキュラム監修や出張講義などにも取り組む。

 

2020年にプログラミング教育が小学校で導入された習い事でもプログラミング教室やロボット教室が大盛況である。年々、入塾年齢も低くなり、幼稚園児がロボット制御を学ぶ教室も少なくない。また「プログラミング教育は何歳から」と相談を受けることも多々。今回は、就学前教育のあり方について、考えてみたい。

 

就学前教育の重要性

 就学前教育の研究については、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマン教授の「ペリー就学前プロジェクト」が有名である。34歳児の子どもたちに対して就学前教育を施した場合と施さない場合の2つのグループに分け、彼らが40歳になるまで追跡調査を行った。結果、就学前教育を受けた子どもたちの方が、高校卒業率、収入、持ち家、健康などの割合が高く、犯罪率、生活保護受給率などは低い結果になり、就学前教育の重要性が示された。また、就学前教育の教育プログラムが非認知能力の向上に重きを置いたものだったことから、認知能力というより非認知能力を高めることにより長期的効果が現れたと分析した。

 

就学前における質の高い教育とは?

 ヘックマン教授が注視した非認知能力とは何だろう。「認知能力」が記憶力や英語力などのテストで測定できる能力を指すのに対し、「非認知能力」はテストでの測定は難しい能力を指し、学習意欲や協調性、やり抜く力などの能力のことを言う。教育界でも、非認知能力が注目されており、 新学習指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」はまさに非認知能力を意図したスローガンなのである。

 では、非認知能力を育むためにはどうすればよいのか。すでに、非認知能力の醸成をねらいとした様々な教育実践が行われている。しかしながら、これをすればよいという教科書やメソッドがあるわけではなく、非認知能力が身についたかどうか、テストをして検証することも難しい。

 認知能力と非認知能力について質問された際、よく家を例にして次のように説明する。「人を家に例えると、壁や屋根は認知能力。どのような家か、見ればすぐに分かります。柱は非認知能力。外から見ることはできません。家は見た目も大切ですが、柱がしっかりしていないと、台風や地震ですぐに潰れてしまいますね。つまり、見える部分も見えない部分もどちらも重要です。それは、人も同じです」と。さらにこう続ける。「忘れてはいけないことは基礎です。人にとって、家の基礎にあたるのが、愛情です。愛されていること、自分が大切な存在であることを子どもたちが知ることはもっとも大切なことです。それなしにいくら素晴らしい教育をして、太い柱を立てたり、立派な壁にしたりしても、家は倒れてしまいます」と。

 

就学前にプログラミング教育は必要?

 幼児期におけるプログラミング教育は必要だろうか。「英才教育」と称し、英語や算数の学習を行う幼稚園もあるが、疑問も残る。プログラミング教育も同様である。単にプログラム処理の基本を教え込んでも、かえって「難しいもの」「つまらないもの」と印象づけることになる可能性もある。要は、早いか遅いかという話ではなく、非認知能力の伸張を意図した教育展開ができるかどうかが鍵である。そして、そこには親や教員の願いが重要なのである。

 それが分かる2つのプログラミング教材を用いた実践を紹介する。追手門学院幼稚園では、日頃から子どもたちの興味・関心を高めたり、グループで活動をしたりして、主体的・協働的な教育活動を展開し、非認知能力の醸成を目指している。

1 プログラミング教材「Osmoタングラム」を用いて、論理的思考力や空間的認識を育む

 「Osmo(オズモタングラム」は、ブロックやカードのアナログとタブレットのデジタルを組み合わせて、問題解決を行う教材で、発達段階に合わせて楽しみながらプログラミング教育の基礎を学ぶことができる。 保育時間の長い預かり保育利用児向けにOsmoを用いて論理的思考や空間認識を養う教育を展開したところ、「また、やりたい」などの声があがるなど、子どもたちの反応も驚くほど良かった。ゲーム感覚で楽しく学べ、2~3人のグループで行うことで、コミュニケーション力を育む協働的な学びに繋がっていることは一見すれば分かる。活動の中で、次のような場面に遭遇した。 

Osmoタングラムを3人ですることになった。ブロックを机において、タブレットに表示された動物をつくっていく。ブロックの数は8なので3つに分けられない。そこで、ジャンケンをすることになったが、負けた子が今にも泣き出しそうになった。すると、勝った子が自分のブロックを渡す。もらった子は「ありがとう」というやりとりの後、お互いに教え合いながら、和気あいあいと取り組んだ30分ほどの時間であったが、子どもたちが夢中になって取り組む姿が印象的であった。

 

2 ロボット教材「PETS」を用いて、プログラム処理の基礎を学ぶ

 「PETS(ペッツ」は、いろいろな方向のブロックを背中に挿し込んで、命令された通りに動くプログラミング学習用のロボットである。コンピュータもタブレットも必要ないことから、直感的にプログラム処理の基礎を学ぶことができる。 

 模造紙に家と学校を書いて、家から学校に行くプログラムをつくってもらった。園児にとって、前後の動きは問題ないが、左右は間違えやすい。グループで「右かな? 左かな?」と考えながら、プログラムをつくった。そして、リアルにロボットが動き、ロボットが目標地点に到達すると、大きな歓声が上がった。手に持つコマンドブロックと目に見えるロボットの動きが一致することによって、小さな成功体験となり、学習意欲や主体性の醸成に繋がる活動となった。

 

授業の最後に、みんなでPETSを自由に動かすことになった。順番に子どもたちは好きなコマンドブロックをPETSに挿し込んでいく。瞬く間に埋まり、最後の1つ。1人の園児は「前」と「右」のブロックを握りしめ、どちらにしようか、悩んでいる。考えに考えた末、「右」のブロックを入れた。PETSはみんなの命令通り動いた。そして、最後、右を向いて止まった。振り向くと、その子の顔は、目を大きくして自信にあふれていた。

 

 上記2つの教育活動は、プログラミングスキルというより、むしろ学習意欲や人間関係を意図した教育であったことが分かる。つまり、ツールではなく、それをどのように活用するかの方が重要なのである。子どもたちに「何を」「どのように」学んでほしいのかということを、親や教員が意識することが非認知能力の育成のキーでもある。

 最後に中国の老子の言葉を紹介する。「子どもに魚を与えれば、その時はお腹がいっぱいになる。子どもに魚の釣り方を教えれば、一生飢えることはない」

※編集注:イギリスの古い諺やユダヤ教のラビの教えなどの説もある。

 

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