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ミライノマナビコラム  ― 大局観で教育を考える

2021.9.10

第14回 優秀なIB生に東大を勧めない理由

後藤 健夫

後藤 健夫

教育ジャーナリスト。
大学コンサルタントとして、有名大学などのAO入試の開発、 入試分析・設計、情報センター設立等に関与。早稲田大学法科大学院設立に参画。元・東京工科大学広報課長・入試課長。『セオリー・オブ・ナレッジ―世界が認めた「知の理論」』(ピアソンジャパン)を企画・構成・編集。

 

国際バカロレアの最終試験

国際バカロレアのDP(ディプロマ・プログラム)には最終試験がある。6つの科目試験(各7点満点)とTOK(知の理論)などの必須である3つの授業(計3点)を合わせた45点満点で行われ、24点で合格となる。生徒たちはこのスコアを世界各国の大学に提出して入学審査を受けることとなる。一般的には40点以上であれば世界のトップ大学から奨学金付きでオファーが来ると言われるほど広く認められている

国際バカロレアは1968年にスイスのジュネーブのインターナショナルスクールで始まった。インターナショナルスクールに通う子どもたちが、母国をはじめ他国で大学に進学する際に利用できるシステムをつくろうとしたものである。だからそもそもグローバルなものであり、今でも認定校は世界で年々増えている。いまや、国際バカロレアのカリキュラムは各国の大学入学者選抜で学力を保証するものとして信頼されているのだ。

 

あるIB生の進路相談

先日、家族の転勤で海外のIB校に通うことになった生徒が、この最終試験に満点で合格したと連絡を受けた。コロナ感染が世界を席巻する中、彼女の住んでいる国でも「ロックダウン」が行われ外出制限がかかり学校も休みになった。彼女にとって学校に通うことは、英語を話したり聞いたりして英語で思考するとても大事な時間であった。IBの最終試験は出題も解答も英語。しかもすべて論述式。日本で過ごした時間の方が圧倒的に長く、海外に出てからも筆者らと普通に日本語で対話するし、家族との会話も当然のように日本語だっただろう。そうした中で英語で思考して英語で論述する試験に臨むことには苦労も多かったと思う。立派な成績だ。

さて、彼女が進学先を選定するときに東京大学も選択肢にあった。知人を通して進学先の相談が筆者のところにも来た。進学先の候補に東大があることにびっくりしたが、東大を選択肢から外すようにアドバイスした。

※ 日本のIB校では語学など一部を除き日本語で受験できる

 

問われる大学側の姿勢と制度

理由はいくつかある。日本の国立大学でも岡山大学のようにIB生の受け入れに積極的で、彼らのための講座を設けているところならまだしも、東大の受け入れ体制に幾ばくかの懸念があった。もちろん、東大や筑波大、上智大などでIB生の受け入れ実績はある。しかし、IB生はこれまでの連載を読んだみなさんはご理解いただけると思うが「探究学習」で学んでおり、受け入れる大学側にもマインドの変容が求められる。彼らは「そもそも」から発想して言葉の定義にうるさい。とにかく議論が好きで、その議論も、仮説検証をしっかりと踏まえながら多面的な意見をぶつけてくる。かつても大学で教員が「どうしてそんなことを聞くのか」「覚えておけば良い」といったぞんざいな対応をして大げんかになったことがあると聞く

また、IBには大学の初歩的な講座に相当する授業があり、そこで取得した単位は海外では大学の単位として認められて受講を免除される。海外の大学ではそれを利用して学費を減額するところもあるが、日本では高校が発行する単位を大学が認めることはできない。彼女は医学系の研究者という進路もあり得るが、まだまだ日本では女性の研究者が少なく、女性にとっての研究環境は整備中と言ったところなので、しばらくは海外に待機していたほうがいいかもしれないとも考えた。
そして、なによりも気になったのは日本の学部の教育レベルだ。これはよくIB生の中で話題になるが、日本での学部時代はIB生には「休憩」だ。IBで学んだ以上のことを学べないと言う。東大では入学時期も半年遅れて中高時代の仲間から1年遅れてしまう。

 

優秀な学生の獲得のために

これらの理由から、彼女は英語で学べるようになったことだし、最終試験で満点を獲得したのだから、海外の大学に一旦退避して研究者として日本に戻ってくることを勧めた。

彼女は最終的に、シンガポール国立大学の医学部に進学を決めた。

日本の大学は、入学時期や高校で取得した大学レベルでの単位の認定にまだまだ課題がある。優秀な学生の獲得のためにこれらの整備を進めてもらいたいところだ。

 

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