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ミライノマナビコラム  ― 大局観で教育を考える

2023.6.9

第21回 経験から学ぶ——CAS(創造性、活動、奉仕)

後藤 健夫

後藤 健夫

教育ジャーナリスト。
大学コンサルタントとして、有名大学などのAO入試の開発、 入試分析・設計、情報センター設立等に関与。早稲田大学法科大学院設立に参画。元・東京工科大学広報課長・入試課長。『セオリー・オブ・ナレッジ―世界が認めた「知の理論」』(ピアソンジャパン)を企画・構成・編集。

 

国際バカロレア(IB)のDPコースには「CAS(創造性、活動、奉仕)」と呼ばれる必須の教育プログラムがある。「TOK」(知の理論)と並んで、IB教育の中核を成すプログラムの一つだ。それはどのような考えに基づき、何を目指すものなのか、IB教育に詳しい後藤健夫さんに解説してもらった。

 

経験以外にものを覚える方法はない

 養老孟司さんの近著で、ベストセラーとなった『ものがわかるということ』(祥伝社 2023年)を読んだ。

 そこにはこんな一文がある。

――教育だって反復練習で基礎学力をつけることは大切です

 ここだけを読むと、ドリル練習が大事だと思われかねないが、この文章は下記のように繋がる。

小学生の頃から私は虫捕りをしています。森に行く、原っぱに行く、山に登る。タイでもヴェトナムでも行く。そうやって、どんな虫がどこにいるか、それを覚える。これも反復練習です。それ以外にものを覚える方法なんてありません。

 養老さんが言いたいことは「覚えることは身につけること」であり、それは経験を通してなされるものだということだろう。「経験から学ぶ」。これが学習指導要領でも重視され始めた。知識はため込むものではなく使うものだ。そして、その知識を使うこと、経験することでさらに深く学んでいく。特に「探究学習」では、こうした経験が大事なのだ。

 

振り返りによって経験を抽象化する

 さて、国際バカロレア(IB)のDPコースには「CAS」と呼ばれる教育プログラムがある。「TOK」(知の理論)同様、IBの要諦をなす重要なものだ。

 CASとは、creativity, activity, serviceの頭文字であり、「創造性、活動、奉仕」である。この3つの要素は次のように定義付けられている。

 「創造性」とは、アイデアを探究し拡張する取り組みを通じて、オリジナルの作品やパフォーマンス、または独自の解釈を表現した作品やパフォーマンスにつなげることである。「活動」とは、健康的なライフスタイルに寄与する身体的な活動を実践すること。「奉仕」とは、コミュニティが実際にもつニーズに対応するための、協働的かつ互恵的な取り組みに従事することである。

 この3つの要素のいずれか、あるいはその複数にまたがる具体的なテーマを、生徒自身の興味、スキル、才能、または成長の機会に即していたり、「IBの学習者像」の人物像を養う機会となったりすることを要件にして選ぶそのようなテーマのいくつかを3つの要素のバランスを意識しながら、少なくとも18か月にわたり、継続的に取り組むのがCASである

 こうしたCAS活動では「振り返り」が重視されており、その振り返りをポートフォリオに記載していく。日本では頓挫したeポートフォリオは、大学入試での活用ばかりに注目が集まり、本来の意義を見失っていた感があったが、IBではそのポートフォリオを直接成績評価に反映させることはない。日々の内面的な要素が強いものであるから他人が立ち入るようなものではないだろう。そして、評価、公開が前提になると、生徒の人間性の成長につながるようなしっかりとした振り返りができるだろうか。CASでは、活動の成果や学んだことのエビデンスのみを提出するようにされている

 こうしたポートフォリオを日々記載することで、活動の全体像を構造的に把握し、その活動を抽象化することで次の活動に転移して活かしていくことができるため、日々の生活や活動が充実することになる。これはコルブの経験学習のサイクル※1の応用であり、OECD2030が提唱するAARサイクル※2に繋がるものである。

※1 アメリカの教育学者コルブ(D.A Kolb)によって提唱された経験学習理論。「経験→振り返り→概念化→実践」からなる。実践・経験から学びを得るには、振り返り(構造化)や概念化(抽象化)の過程が必要とされる。実践が新しい経験となること(転移)でサイクルが回る。

※2 OECDが推奨する学習サイクル。Anticipation(計画・立案)-Action(実践)-Reflection(振り返り)からなる。

 

軽井沢風越学園での実践例

 長野県にある私立の幼少中一貫校、軽井沢風越学園では、生徒が日々の振り返りをクラウド上のフォームに記載することを習慣化している。生徒は周りで起きたことを表現したり自分の考えを言語化したりすることに慣れているため、普段の授業での発言や発表を観ていても表現が豊かでメモに頼らず自分の言葉で話すことができている。さらに、これらの振り返りをまとめて半年に1度「自分プレゼン」として発表する。半年間の自分を振り返ることで、成長実感を味わう。そして、その実感が自己肯定感に繋がっていく。

 経験を通して「構造化、抽象化、転移」を試みる。その過程でポイントになるのは「振り返り」なのだ。

 

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