変化の速い時代に応じた進路指導
ますます状況が厳しくなる少子高齢化やAIによる産業の大きな変化など、今の子どもたちの将来について、様々な予測がなされています。しかし、10年後、20年後にどんな世の中になっているのか、正確には誰にも分かりません。
ただ、一つ確かなのは、変化のスピードが速まっていることです。従来であれば5年、10年かかっていた世の中の変革が、1年や2年といった短い期間で起きるようになっています。この変化のスピードの前では「高校3年時点での進路希望」が将来の職業選択にうまくつながらないかもしれません。進学校の進路指導を考え直す必要があると感じています。
本校では、東京大学を目指す生徒が増えています。それは、東京大学が世界から見てわかりやすい日本を代表する大学というだけではなく、学部4年間のうち前半2年間が教養にあてられていて、3年への進級時に初めて何を専攻するのか決める方式だからです。例えば、理Ⅰで合格しても入学後に興味関心が変われば、3年から法学を専攻することもできます。これはむしろ自然なことで、本校の生徒が東京大学を選ぶ大きな理由の一つです。
大学での講義もまだ受けていない高校生に、将来を決めるよう迫るのは酷なことです。中高では、生徒の将来を決めつけずに、様々な学びに広く触れることが大切ではないでしょうか。
経験を積むことで身につく「非認知能力」
変化のスピードが速い時代には、基本的な学力に加えて「非認知能力」が重要になります。イノベーションを起こしたいという意欲、新しいアイデアを生み出す好奇心、思いやりや優しさといった人と関わる資質、このような能力を中高でしっかりと身につけて欲しいと思います。
ただ、これらの能力を身につけるのに近道はなく、色々な経験を積むしかありません。「SSH」「AIP(アクションイノベーションプログラム)」「模擬国連」等のプログラムが生徒たちにとって多様な学びを獲得する機会になっていると思います。
AIPは2019年度からスタートさせた新しい取り組みです。それまでSGHとして取り組んできたことをベースに、さらに内容を進化させて、イノベーション創発人材を育成します。具体的には次のような取り組みです。
中2では、クエストエデュケーションプログラムという、実在する企業のミッションをグループで解決する教育を行っています。中3、高校生になると様々な業界のトップランナーの講義を受ける「AIセミナー」などを通して、自分の身の回りに対する問いの立て方を学びます。
このAIセミナーでは、できるだけ過去の実績ではなく、今まさに世界が変わりつつある、その現場を動かしているトップランナーに講師をお願いしています。AIを社会でどう活用していくか、遺伝子学を医療にどう生かしていくか、これからの時代のクリエイターをどうサポートするか、といった、まさに切り拓かれつつある分野の先達たちです。
中3で、アメリカでのホームステイを含むグローバル研修プログラム、高1で、海外探究プログラム(インド・中国[深圳]・ベトナムおよびカンボジアから選択)を通して、現地の課題を学ぶ中で、身の回りのレベルから始まった問いが、社会・世界レベルの問いへと磨き上げられます。
高2では、そうして大きく育った問いを解決するべくプランニングを学びます。ここでは、単に案を考えて終わりではなく、積極的に学外のビジネスプランコンテストで発表するようにしています。コンテストで活躍する生徒の中から、広い視野を持ち、海外の大学に直接進学する卒業生も出てきました。
愛情を持って「啐啄の機」を待つ
今後、少子高齢化は日本を間違いなく貧しくします。それでも日本は、世界に活路を見出して行かねばなりません。西大和学園を卒業する者は、様々な分野で、社会に貢献する人材でなければなりません。
近年、本校でも医師を希望する傾向が強くなっています。もちろん、医師は尊い職業ですが、人を救うのは医師だけではありません。画期的なテクノロジーや優れた社会の仕組み、新しい分野の雇用創出も多くの人々を助けるのです。
保護者も私たちも、生徒たちが働き盛りの世代になった時にどんな社会になっているか考える必要があります。「安定した職業」の価値観さえ変わります。予測が難しい激変する社会を生き抜く力をつけるために様々な経験をすることです。いろんな人に会うことです。そして、若いうちにできるだけ苦労することです。苦手なことにもどんどんチャレンジすることです。
例えば、「過保護は良くない」といった知見に出会ったときに、「放任」が良いか、というのも違いますよね。「自由にして良い」というのも立派な押し付けです。大切な事は、人生の先輩として「こんな考え方もある」といういくつかの選択肢を示し、選ぶのはあなただ、そして、その選んだことに対するバックアップは惜しまない、という姿勢だと思います。
「啐啄の機」※という言葉を聞いたことがあります。過干渉を嫌うからと言っても、子どもはもしかしたら、保護者に人生の先輩としてのアドバイスを望んでいるときがあるかもしれない。逆に構わないでほしと思っているときには、どんな言葉の投げかけも無意味です。
「子どもがどうして欲しいと思っているのか」という事は考えればわかります。愛情があれば。どうしても、結果を求めたくなりますが、待たないといけない。この「待つ」というのが難しい。諦めずに我慢強くやり抜くしかないのです。
※ 啐啄の機:「啐」は、卵の中の雛鳥が生まれ出ようとする時、殻を内側からつつくこと。「啄」はそれに合わせて親鳥が外から殻をつつくこと。教育や子育てでは、本人の意欲と周囲のサポートのタイミングが合うことが重要という例え。