激しい時代の変化を背景に、教育の役割も大きく変わっていく。このコーナーでは「明治以来の大改革」と言われる教育大改革時代に、リーダーたちの指針や抱負をお聞きし、変化への心構えを考えます。今回は今春、大阪女学院中学校・高等学校の校長に就任された山﨑哲嗣先生。国際バカロレアコースを擁し、高いレベルの国際理解・グローバル教育を実践する同校の取り組みをお聞きします。
目新しいメソッドだけが教育改革ではない
日本の教育が大きな改革期を迎えています。教育とは何か? 学校の役割とは? もっと広く言えば大人の役割とは何か? を改めて考える必要があります。
新しいメソッドが登場すると、そちらにばかり目が行きがちですが、新しいメソッドを導入することだけが改革ではありません。たとえば、江戸時代の教育は明治維新の原動力となった優れたものでした。寺小屋を中心とした教育メソッドは、塾長が教え込むようなことをせず、年長者が後輩の面倒を見て、塾長はファシリテーターの役割を担いました。古くからある教育方法ですが、これからの時代に求められるメソッドになり得るものです。
AIが人間に取って代わるのではない
従来の教育方法は、高度経済成長期に社会から求められた、一定水準の人材を大量に育成するものです。しかしながら、今後はまだ無いものをゼロから生み出せる人材が求められるようになっていきます。20年後、30年後、決まった時間に、一つの教室に集まって教師の話を聞くという授業のあり方は無くなっているかもしれません。
今年の中学1年生が社会に出るのは2030年代半ば、今の保護者の皆さんぐらいになるのは2050年代でしょうか。未来を予知することはできませんが、確定していることが一つあります。それは、日本が経験したことのない少子化に突入するということです。
現在の中1生の数を100とすると、10年後には70になることが確定しています。教育ばかりではなく、どの業界もこの課題にどのように立ち向かうかが問われるようになります。当然、今と同じ生活、同じような仕事の仕方では社会が成り立たなくなるでしょう。産業構造が変わらざるを得ないのです。
このことは、よく言われるように「AIが人間に取って代わる」のではなく「AIに頼らざるを得ない」時代が来ることを示しています。
AI時代に人間が学ぶべきこと
それでは、そんな時代に向けて、今の子どもたちが学ぶことは何でしょうか。生成AIは、調べると正解が分かる問いに対しては、そつなく答えを返してきます。生成AIがここまで実用レベルになると「〇〇について調べなさい」という課題が成り立たなくなります。
そこで、最近では、いくつかのテーマについて「議論が分かれるような問いを考えなさい」というレポート課題に変えました。AIは正解を見つけてくるのは得意ですが、「問い」を立てるのは苦手です。
常識だと思われていることに対して、それは本当にそうなのか、と疑問を持つ力こそ、AIにはできない、子どもたちが学ぶべきことではないでしょうか。私たちが今まで常識だと思ってきたことが今後も安定とは限りません。どのような状況になっても逞しく生きていく力、これこそが大人が責任を持って子どもたちに教えるべきことです。そのために必要なのが、本質を見抜く力です。この力があってはじめて知識が有用になるのです。
グローバルとインターナショナルの違い
近年、「グローバル」あるいは「グローバリゼーション」という言葉がよく使われます。グローバルには「全体をガバッと掴む」というようなニュアンスがあり、「グローバリゼーション」とは「統一規格化」のことでもあります。ビジネスのルールを統一して、分かりやすく、簡単に行き来できるようにしようという考え方が根底にあるのです。
日本の文化の中で育った私たちが、いかにビジネスのルールが統一されていたとしても、他の文化的背景を持つ人たちと一緒に生きていくためには、私の常識と相手の常識とを折り合いをつける必要が出てきます。
この場合によくある勘違いが、相手側に全て合わせることが国際理解だと考えてしまうことです。常識と常識がぶつかり合うのですから、当然対立することもあります。そこで、重要なスキルになるのが「理解はする、賛同するかは別」という態度です。
海外の大学も同列に見て選ぶ
国際バカロレア(IB)コースの生徒はほぼ全員がDP※を取得します。海外進学の割合は国内と半々程度で、今春の卒業生では、国立台湾大学(台湾)、マンチェスター大学(イギリス)、ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)、メルボルン大学(オーストラリア)、チェコ国立大学医学部(チェコ)などに合格しています。国内大学ではDPへの優遇がある大阪公立大学、岡山大学、IBと相性の良いICUや国際教養大学を選ぶ生徒が多くいます。
本校は、カナダやオーストラリア、台湾、チェコ、ハンガリーに協定大学があり、一般入試だけではない独自のルートもあります。もちろん、私たちから「海外に行きなさい」と強制することはありませんが、海外の大学も国内の大学と同列に並べて、世界中の大学から選ぶ感覚を持ってほしいと思っています。
DPを持っていると海外の大学に受かりやすいだけでなく、IBコースで学んだ卒業生は、日本の大学だと2年生の終わりぐらいまですることがありません。彼女たちは大学の教養レベルや研究の基礎は履修済みだからです。国内であれば、ICUや国際教養大学などが海外の大学に近い学び方ができるのですが、日本で言われる「いい大学」がDP取得者にとって必ずしもいい進学先になるとは限りません。
今や「いい大学」に入学することが安泰な人生を意味する時代ではなくなりました。生徒には自分の足で立って、どんな場所でも、そこの人たちや社会に貢献して逞しく生きていけるようになってほしい。その思いから、生徒一人ひとりが自分の好きなことに取り組める環境を大切にしています。そんな環境の下、社会のニーズと自分のしたいこととのつながりを見出し、卒業後に自らのビジネスを立ち上げるOGも少なくありません。
※国際バカロレア・ディプロマプログラムの修了資格。多くの海外大学で入学資格とされるか、入試での優遇を受けられる。
土曜日を教養や地域貢献の日に
来年度から土曜日の使い方を大きく変更します。通常の授業を月~金にして、土曜日は生徒それぞれの興味関心や進路に合わせた学びの個別最適化を目指します。教室での座学はもちろん、IBのCAS(創造・活動・奉仕)にも使えますし、たとえば以前地域の里山保全を手伝っている生徒や、東日本大震災で被災した東北の学生たちを募金で関西に招き交流する生徒たちがいました。このようなケースはそのまま土曜日の学びにすることもできます。
現在、パブリックコメントを募集して、どんな講座を開くことができるのか検討しているところです。生徒の意見も取り入れ、OGを講師として集めて、本学院挙げて地域に開かれたものにしたいと考えています。今年度は試験的に、キャンパスを開放したマルシェを開催しました。地域の子どもたちにスポーツや語学を教える活動も視野に入れています。
カトリックの修道院をイメージした学校の在り方を模索しています。自分たちで畑を耕して自給自足……とまでは難しいかもしれませんが、人々が与えられた才能を持ち寄り地域に貢献する「神のビジネス」を展開できる場にしたいと考えています。
手取り足取りではなく後姿を見守る
保護者の皆様には、子どもの勉強にはできるだけ介入せずに、頑張る姿だけはしっかりと見守ってほしいと思います。
入学時の成績は良いのに、入学後に成績が伸びない生徒の特徴は、いつも側に誰か保護する人が付いていることです。手取り足取りが習慣になってしまうと、中高での成長に必要になる自学自習へと進むことが難しくなります。
中学入試で燃え尽きないことも大切なことです。本人が好きでやっている習い事やスポーツを辞めさせて受験に集中させることが本当に本人のためになるのかは疑問です。好きな習い事に打ち込み、夜は早く寝て、その上でできる範囲で受験勉強をするぐらいが理想ではないでしょうか。
そして、小学生時代には、受験勉強ばかりではなく、家族で旅行をするとか、映画を見に行くといった、小学生がごく普通に経験することを大切にしてください。