激しい時代の変化を背景に、教育の役割も大きく変わっていく。このコーナーでは「明治以来の大改革」と言われる教育大改革時代に、リーダーたちの指針や抱負をお聞きし、変化への心構えを考えます。今回は2024年に中学部長(校長)に就任された宮川裕隆先生。連綿と受け継がれてきた伝統の持つ価値と今後の目指す方向を教えていただきました。
改めて感じた伝統の素晴らしさ
中学部長一年目で改めて感じたのは、本校の伝統行事にはそれぞれに意味があるものだということでした。昨年までは新型コロナの影響があり、いくつかの行事が制限されたり、中止を余儀なくされたりしていました。幸いにも私が就任した2024年度は、そういった制約がなくなり、以前のように行事を開催できました。
特に、4月に新入生を対象に行うオリエンテーションキャンプは、伝統の「メチャビー」(ぬかるんだグランドで行うラグビー。個々の体力・技量よりもチームワークが重要になる)など、本校らしさが凝縮された合宿で、校風をシャワーのように浴びてもらいます。このキャンプで、中学校最初の友達ができるという生徒も多くいます。

伝統行事「メチャビー」再開
今まで、何気なくやってきた伝統行事ですが、一度制限されたことで、その意義を改めて捉え直すきっかけになりました。本質の部分を残しつつ、生徒に伝えたいことをもっとわかりやすくできないかなどについて考えることができました。
中学時代は何でもやってみること
教育において、個性を伸ばすことはもちろん大切なことです。しかし、中学時代には、いろいろなことにまんべんなく取り組むことも重要だと考えています。まだまだ知らない世界が広がっていて、自分の興味関心がどこにあるのかが明確ではない段階では、生徒が自分で選ぶよりも、「こんな分野もある」と示してあげることも学校の役割です。私は食堂のメニューに例えて「中学生は、カフェテリア方式ではなく、定食がいい」と言っています。カフェテリア方式では、食べたことのあるメニューに偏りがちですが、定食は栄養バランスが考えられていたり、知らないメニューがセットに入っていたりします。食わず嫌いをせずに、出てきたものを食べてみれば、意外と好きになることもあります。
60年も前からの探究学習「読書科」
本校が取り組んでいる読書学習は、60年も前に始まったものです。現在、その重要性が強調されている探究学習の走りだと言えるでしょう。
読書を通じて、自ら課題を見つけて、自ら調べる、その調べかたも学びます。そして、自分の意見をまとめて発表します。まさに探究学習そのものです。自分の考えをアウトプットし、相手の意見を尊重する練習によって、本学園が目指すグローバル社会に貢献できる世界市民としての素養を身につけます。

読書科の発表
また、本校伝統の行事である青島での無人島キャンプでは、電気もガスも水道もない自然の中で協力してサバイバルする体験をします。以前、卒業生が被災地へのボランティアに参加する際に、ライフラインが途切れた場所で大丈夫かと心配すると「無人島キャンプを乗り越えたから大丈夫です」という頼もしい答えが返ってきました。

青島での無人島キャンプ
この、互いを認め合って生きていく力、どこでも生きていける力は、グローバル時代に求められる力である以前に、人間として本質的なものだと思っています。
AIは学びが面白くなるように使いたい
AIについては、もはや「使ってはいけない」という時代ではなくなっていると考えています。ただ、無条件でOKということではなく、いかに上手く教育とつなげていくのかがポイントになるでしょう。
AIが出す情報を常に正しいと無批判に受け取って、人間がただAIからの情報を受け取るだけになってしまってはいけません。そうではなく、AIをツールとして、AIを使って何をしたいのか、自分の学びにいかに組み込んでいくのか、自らのアウトプットの手助けにいかに活かせるのか、という使い方が望まれます。
AIは簡単に答えを出してくれますが、その答えを丸写しにして自らの学びの成果としたり、読んでいない読書感想文をAIに書かせたりしても何も面白くないでしょう。自分で読んで、自分で調べて、自分の意見を言う面白さに気づいてもらいたいと考えています。
子どもも一人の人間として見る
保護者の皆さんにお願いしたいのは「何でも先回りして準備・対策するのはお子さんのためにはならない」ということです。
たとえば、教室で生徒が「先生、暑い」と言ったとします。私はあえて「そうだな。暑いな」とだけ答えます。ここで、生徒の内心「暑いのでクーラーの設定温度を下げて欲しい」を察してあげて、先回りしてしまうと、この生徒は、どのように伝えれば自身の要求を分かってもらえるのか、学ぶ場を一つ逃したことになるからです。
この例は日常の些細なことですが、さまざまな場面で主体性を持って、自分の意思を表明することは、将来、必ず必要になる力です。日々の積み重ねから、主体性は伸びていくのだと思います。
中学受験での学校選びでも同じことが言えます。本人の「この学校に行きたい」「この学校が良いと思う」という意思を尊重してあげてください。たとえまだ12歳の子どもだとしても、一人の人間として見ることを忘れないでほしいのです。同僚や友人であれば応援するような決意を、我が子だからという理由で反対したり、止めたりすることがないようにしてください。