アメリカで始まったSTEM教育
2000年代、アメリカ合衆国で躍進が著しいハイテク分野で活躍できる人材が不足していました。米国政府は21世紀にもっとも雇用増が見込まれて、高い賃金が期待できる職種に必要な基礎学力としてSTEM教育を推進しました。STEMとは、Science, Technology, Engineering and Mathematicsnoの頭文字のことで、科学・技術・工学・数学分野を総合的に学ぶ教育モデルです。
2006年に「米国競争力イニシアティブ」が発表され、米政府によるSTEM教育への支援強化が打ち出されました。単なる科学技術・IT技術教育にとどまらず、自発性・創造性・問題解決力等を高める教育が目指されています。
AI時代の主戦場
2030年頃から第四次産業革命が本格化すると予測されています。汎用AI、3Dプリンタ、IoT(モノのインターネット)の応用によって起きる産業構造の大変革です。
例えば、コンピューターとインターネットが引き起こした第三次産業革命では、それ以前には存在していなかった産業が大きな富を生み出しました。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)と呼ばれるアメリカのIT大手4社の時価総額は全米主要500社(S&P500)の13.2%にも達します(2018年)。
第四次産業革命の鍵となる技術である汎用AIや3Dプリンタ等は、産業や生活のあらゆる場面に関わってくるもので、生み出される新たな富は第三次以上になると考えられます。
そして、その新しい産業分野で戦うための武器こそがSTEMなのです。より高度になった情報社会では、多くの人が、ある問題に対して、数理的・科学的に分析して、テクノロジーを駆使して解決策を構想し、その解決策をアプリやロボット等で実現する(工学)ことを仕事とするようになるからです。
+Art(s)
ただ、STEMだけでは未来の世界を作るのに不十分だとして、STEMに「A」を加えてSTEAM教育が重要という考え方が主流になってきました。このAはArt(芸術)あるいはArts(リベラルアーツ=教養)を表しています。
芸術については、もっともわかりやすい例がAppleの携帯音楽プレーヤーiPodです。2001年に登場して携帯音楽プレーヤーの概念を一変させた商品です。発売当初は、それまでの携帯音楽プレーヤーと比べてボタンが少なく、操作の仕方に苦戦したという方も多かったと思います。しかしこれは、単なる使いやすさを重視したインターフェイスから、使うこと自体の楽しさや格好良さを追求したものへのパラダイムシフトだったのです。「使いたくなるデザイン」や「ユーザー体験」が重要視されるようになったのもこの頃からです。
見た目がシンプルで美しく、操作感が楽しい、といった付加価値は、技術や工学の考え方だけでは出てこなかったかもしれません。21世紀の発明品には、このようなデザインも求められるでしょう。そこでArtの発想が必要になるのです。
教養については、重要性に異議を唱える人は少ないと思われます。将来AIを開発する側になる人よりも、使う側の人が多いでしょう。あらゆる職業でコンピューターの重要性は増しつつも、より重要なのは、コンピューターにできない分野の能力です。記録、検索、統計処理等のAIの得意なことはAIに任せて、人間のなすべきことはそれ以外の分野になるからです。何が人間にとって解決すべき問題なのか、その問題の本質はどこにあるのか、どのような解決策が多くの人にとって良い方法なのか、このような問いには、文化や歴史的背景への理解、異なる価値観を持つ人たちを受け入れ、協調・協働する心構え、自分の意見を相手に伝わるように表現する技術といった教養の重要性はむしろ増大するのではないでしょうか。
文系理系を超えた21世紀の基礎学力
従来、日本の高校・大学は、理系・文系という二つのカテゴリーに大別されていました。しかし、そのような分け方はどんどん意味を失ってきています。理系に進む人にもArtやArtsは必須ですし、文系で学ぶ人にもSTEMへの理解がなければなりません。つまりSTEAMは21世紀の基礎学力と言えるでしょう。
そもそも海外には文系理系という分類自体がない場合が多く、大学入学のための試験には、言語・社会科学・数学・サイエンスが課されるのが標準です。日本でも一部難関国立大学で国数社理(+外国語)がそれぞれ課されますが、大学全体で見ると数学やサイエンスを問わないところが少なくありません。
もちろん、勉強は大学入学のためだけにするものではありません。志望校によらず、これからの時代に必須の基礎学力STEAMをしっかりと学んでほしいと思います。