2020年の大学入試改革や次期指導要領で日本の教育は大きな節目を迎える。その一つが従来型の知識を覚えるだけの学習からの脱却だ。しかし、肝心の入学試験が知識だけを問うタイプのままでは、塾も学校も知識詰め込みを続けざるを得ない。今回紹介するのは、六甲学院がこの春出題した算数の入試問題。「与えられた数式から問題文を作る」という正解が一つに決まらない出題だった。同校数学科主任に出題の意図などについてお聞きし、回答をいただいた。
今春の六甲学院の算数の問題は、多くの塾関係者が意表を突かれた。それは次のような問題だった。
(1) 120×8-16×55を計算することで答えが得られるような文章題を1つ考え,その意味が正確に伝わる言葉づかいで問題文を書きなさい。ただし,120×8と8×120のような,かけ算の順序のちがいは考えなくても構いません。
(2)(1)で作った問題において,120×8および16×55はそれぞれ何を表しますか。意味が正確に伝わる言葉づかいで書きなさい。
(六甲学院中学校 2019年度算数入試問題より)
難易度だけを考えるならば、決して難しい問題ではない。だが、多くの受験生のとって馴染みのないタイプの問題であり、驚いた受験生も少なくなかったと推察される。
「与えられた条件などから正解を導く能力や計算力なども大切であると思いますが、様々な条件を組み合わせて問題を作成する上で、それが算数の問題として成立するように作成されているのか、正解がきちんと導けるようになっているのか、など色々な考察する力を見ようと考えました。」
同校は出題の狙いをこのように説明する。数式が表す意味を把握するだけではなく、その文章題を解けば確かにその数式が答とならなければならない。普段気を配らないところに落とし穴があったのだろう。全ての受験生がすんなりと解答を導けたわけではない。
「数値の設定に無理がある解答もありましたが、今回の採点では減点対象としませんでした。それは今後の検討事項と考えています。ただ、問題文の説明が不十分な解答は減点の対象とし、不可能な問題設定は不正解にしました。」
数値の設定に無理がある解答例は次のようなものだ。(赤字部分が無理な設定)
例A-1)太郎君は分速120mで8分間走り、次郎君は分速16mで55分間歩きました。2人の進んだ距離の差を求めなさい。
例A-2)1日目は8人の子供達が一人当り120ℓずつ水を飲み、2日目は55人の子供達が一人当り16ℓずつ水を飲みました。子供達が飲んだ水の量は、1日目と2日目とでは、どちらの方がどれだけ多いですか。
というものだ。これらは正解とされた。ただ、来年度以降、どうなるかはわからない。
減点対象となったのは、問題文だけではこの数式になると断定できないケースだ。(赤字部分が断定できない箇所)
例B-1) A君は1本120円の鉛筆を8本買うつもりで文房具店に行きましたが、実際には1個55円の消しゴムを16個買いました。お金はいくら残っていますか。
例B-2)太郎君は分速120mで8分間走り、次郎君は分速16mで55分間歩きました。2人はどれだけ離れていますか。
「B-1は、A君が最初にいくら持っていたのかがはっきりしません。B-2では、太郎君と次郎君がスタートした地点や向きについての情報が不明。」
また、不正解とされたのは次のような解答だ。
例C-1)縦120cm横8cmの長方形の紙から、縦16cm横55cmの長方形を切り抜きました。残っている紙の面積を求めなさい。
例C-2)太郎君はどういう訳か2桁×1桁の計算が苦手で3桁×1桁の計算が得意なので、16×55=(8×2)×55=8×110 として 120×8-8×110=(120-110)×8 として正解80 を求めた。
「縦120cm横8cmの長方形の紙から縦16cm横55cmの長方形を切り抜くことは不可能。また、C-2については、計算の工夫を説明してあるだけで、問題文を正しく理解できていません。」
これまで受験生は、与えられた問題に対する解を求める側であり、その立場では情報の不足や設問の不可能性を考える必要がなかった。そのような設問は出題ミスとされただけだ。今回の新しいタイプの問題は、今まで計測されてこなかった種類の算数力に光を当てたと見ることもできる。
「これからの生徒たちには、問題解決能力のみならず、いろいろな提案を自ら発信する能力、自分の考えをきちんと相手に伝えられるような表現力など様々な能力が必要になります。例えば問題を解くにあたって、単に数式を並べて答を導くよりは、自分の解答について他の人に言葉や文章を用いて解説できるようなことが必要になるかと思います。」