探究的な学びが奨励されている。自ら興味を持って、主体的に取り組む。確かに素晴らしいことだ。だが、子どもたちは、いつ、どうやって興味を持ち、主体性を育てるのだろう。仁川学院の「仁川の森」では、野菜を育てるというとても身近なテーマをきっかけとして、生徒の興味・主体性を伸ばしている。探究学習全体を統括する村田智先生、「仁川の森」を担当する玉出智也先生にお話を聞いた。
環境保護の聖人
仁川学院には、中学校校舎の南側に約30メートルの長さの3畝の畑があるのをご存知だろうか。知らない読者もいるかもしれない。この「仁川の森」は2017年4月に、何もなかった校地を生徒たちが耕してつくった畑だからだ。
「総合的な学習への取り組みを進める中で、本校として周りに伝えられるような活動をしたいと考えていました。そこで学院訓の『大自然に学び愛せよ、而して創造主に近づけ』の理念に立ち返り、土に触れて、野菜を育てて、それを食べることを体験し、この体験からさまざまな学びへと広げていくことができないかと思いました。」
村田先生が「仁川の森」の始まりを説明してくれた。同校の設立母体の始祖・聖フランシスコは、自然を愛し、自然と一体となって生きたことから「環境保護の聖人」とされている。この森は同校にとって原点でもあるのだ。
伝統野菜「大市ナス」
「総合的な学習としての取り組みなので、自分たちが作って、食べておしまい、ではなく、そこからどう広げていくかが重要です。野菜を作ることができない3学期に、外部に発信できるものを企画しています。」
「仁川の森」は探究学習の題材としても優れていたと玉出先生。地元・西宮の伝統野菜「大市ナス」を未来につなぐ取り組みは、テレビなどでも取り上げられた。他にも、育てた野菜を子ども食堂に提供したり、環境問題に配慮した堆肥を作ったり、育てた花で手作り石鹸を作ったり、などテーマは多岐にわたる。
「大市ナスの生産農家は、西宮市内には一軒しか残っていませんでした。そのことを知った生徒たちが農家の方に話を聞きに行き、貴重なタネを分けてもらい、昨年から栽培を始めました。昨夏、無事収穫ができてほっとしています。」
主体的に取り組む生徒が増えた
「外部への発信に関しては株式会社の形式を模して、企業経営を実践的に学ぶ場にしています。学院祭や地域の生協などで販売するのですが、利益や経費の見積もり・計算は生徒自身が行います。」
命を育てて、生かされていることを実感するという原点からスタートし、地域への貢献、自然環境、経済、企業活動へと視野が広がっていく。これらがつながることで、お金さえ儲ければいいのではない、というSDGsの考え方に至る。
「企画力は生徒の方があります。『こんなことをやってみたい』と要望が次々と出てきます。主体的に取り組む生徒が増えたと感じています。」
3学年を24班に分けての活動で、6、7人の班に3年生は1人か2人。1年間でほとんどの3年生がリーダーを経験することになる。教員の逐一の指示がなくても、予習してきた3年生が後輩を指導する姿が随所で見られるという。先輩・後輩の上下のつながり、リーダー経験、これらは以前から同校が大切にしてきたことでもある。
数値で測れない部分の成長
生徒の成長についてたずねると、社会科を教える村田先生は授業の手応えが変わったと教えてくれた。
「農業の知識があることで、歴史や地理の内容がより身近に感じられるようです。授業の反応が以前よりもよくなりました。また、生物学や遺伝学に興味を持つ生徒も出てきて、以前だと希望進路でほとんど聞くことがなかった分野へも視野が広がっています。」
玉出先生は、数値で測れない部分の成長も大きいと話す。
「興味を持って取り組んでみたら楽しかった、という体験がとても大きいと感じています。そういう生徒は『次は何をしようか』と考えはじめます。我々教員側も生徒の見方が変わりました。教科を超えた活動で、今まで見えていなかった生徒の良いところが見えるようになったからです。」
教室の授業だけでは興味を持てなかったことも、自然を相手に学ぶと違ってくる。それに気づくことが、将来のきっかけ、進路のきっかけになる。村田先生が今後の抱負を次のように話す。
「ただ野菜を育てる、というところからスタートして、ここまで広がってきました。今後、どのように広がるのか、楽しみに感じています。本校らしい教科になっていけばと考えています。」