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2025.2.21

[なぜ学びが変わるのか?] 第16回 学びの楽しさを子どもたちに返還する

2021年度より中学校で、22年度に高校で、新しい学習指導要領が全面実施されました。これまで重視してきた「知識・技能」に加えて「思考力・判断力・表現力等」と「学びに向かう力・人間性」の育成が目指されます。そのために「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)に力を入れることになります。このコーナーでは、なぜこのような教育の改革が必要なのかを、シリーズでお伝えします。今回は探究科目増設の背景にある「探究こそが学びの本来の姿」という考え方を紹介します。

 

探究科目増設の背景とは

 2022年度から、高校で7つの探究科目が新設されました。「総合的な探究の時間」「古典探究」「日本史探究」「世界史探究」「地理探究」「理数探究基礎」「理数探究」です。 「総合的な探究の時間」が必修科目で、その他は選択科目となっています。「探究学習」は、新しい学習指導要領で重視されている学びの一つです。「自ら問いを立てて、それに対して答えていく学習」と定義されています。

 なぜ、7つもの探究科目が新設されたのでしょうか? その主要な理由としては、表裏一体の2つの課題があります。一つは、このコーナでも繰り返し紹介してきたように、単に知識を記憶・理解しているだけでは、社会で役立つことが難しくなったことです。単なる知識は、コンピュータに任せればいい時代、「力比べでブルドーザーと競う練習」はもう止めて、より人間にしかできないことを学校で学ぼうという考え方からです。

 このことの裏にあるもう一つの問題は、従来の記憶中心の学びは、単に時代に合っていないだけではなく、そもそも人間の本性に合っていなかったことが近年明らかになってきたからです。この「裏問題」こそ、児童・生徒にとってはより喫緊で重要な問題でしょう。どういうことか見ていきましょう。

 

学びの科学がくつがえした教育観

 本誌の益川弘如教授のコラム「授業が変わる 学校が変わる 第2回 学びの科学がくつがえした伝統的な教育観」でも紹介されているように、従来の教育観では、子どもたちは「教えられないと何もできない」という「受動的で有能ではない」存在とみなして、カリキュラムが組み立てられてきました。

 しかし、この教育観は科学的に根拠のないものでした。人間は本来、学ぶ力を持っているのです。たとえば、教育学者スガタ・ミトラ氏の「自己学習環境」実験※1では、以下のような結果が得られています。

 貧困層や遠隔地など、教育の問題を抱える地域に、自由に使えるパソコンとインターネット環境を整備し、子どもたちが自由に使えるようにしました。すると、コンピュータを見たこともない子どもたちが、勝手にさわって、教え合い、短時間で一通りの操作をマスターし、2週間もすれば、インターネットにあるデータをダウンロードして、それを活用できるようになりました。さらに、2年ほど続けると、学校の教師から「英語力が飛躍的に伸びた」「なにもかも急速に伸びた」「何事も実に深く考察するようになった」との評価を得るまでになりました。

※1 「Googleと、褒めてくれる人がいれば、子どもは誰でも勉強ができるようになる」 スガタ・ミトラ THE ACADEMIC TIMES

 

「答えのあるもの」の弊害

 ところが、実際の教育現場を見ると、教師がハッパをかけないと、試験で高得点を取る勉強を生徒にさせるのは難しいし、保護者が言わないと、ゲームの前に宿題を終わらせない、のが現実です。楽しいことならできるのに、勉強となるとできなくなる、これはなぜでしょうか。

 幼児を対象にした実験で、子どもたちは「遊び方を教えられたおもちゃ」ではあまり遊ばない傾向があることがわかっています。子どもたちが遊ぶのは、大人が遊んで見せたおもちゃや何も教えず渡されたおもちゃなのです※2。これは勉強に関しても同じことが言えるでしょう。

 この実験での幼児のように人間は未知の物事を探究することが大好きな生き物です。従来の学校では、この楽しい部分を生徒から取り上げて、過去に誰かが行なった探究の結果を覚えることを「勉強」としました。そこで、この楽しい部分を生徒に返してあげようというのが、探究学習の目指すところだと言えます。

※2 『遊びが学びに欠かせないわけ 自立した学び手を育てる』ピーター・グレイ 吉田新一郎訳

 

学びの楽しさを取り戻す

 自由に探究を行える時間と場があれば、子どもたちは自ら学びます。重要なのは、興味を持つことと自由に取り組めることだったのです。従来型の教育では、子どもが自ら学び進めるための主要なこの2点を軽視してきました。探究教科の増設は、この2つを学校現場に構築し直し、学びが持つ本来の楽しさを取り戻す試みです。

 先述したスガタ・ミトラ氏の「自己学習環境」実験に関心を寄せたSF作家の故アーサー・C・クラーク氏は「子どもたちが興味を抱いたとき、そこに教育が生まれる」「興味を持てれば教育を受けているのと同じことです」と感想を述べたそうです。

 将来的には、全ての教科において、あるいは教科という枠組みも解体して、どのようなテーマであっても、生徒本人の興味・関心を起点として、自由にアイデアを試したり、実験できたりするような学びの場を築くことが、探究学習、引いては学校が目指すゴールだと考えます。

 

ミライノマナビ編集部

ミライノマナビ編集部

グローバル化&AI化が子供たちにとって明るい未来となってほしい。来るべき未来に対して教育は何ができるのか、子育て世代やこれから社会に出る若者たちみんなが考えるきっかけを提供していきます。

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